2017年4月20日木曜日

カオスの淵 ①

 どうして意識はカオスの淵になぞらえることが出来るのか?
 ちょっと予備知識を。理論生物学という分野がある。その分野でスチュアート・カウフマンという大御所が、生命の発生と進化には自然淘汰の他に自己組織化が必要であると主張した。そして生命活動とはそもそも完全な秩序と混沌との間にある、カオスの淵と形容すべきところで発展すると説いたのだ。
 もちろんこれだけではわからない。そこでもう少しさかのぼってみる。かの有名なサンタフェ研究所というのがある。アリゾナ州サンタフェ。私も行ったことがあるが、赤土ばかりの場所だ。そこにある複雑系の研究で知られるのがこの研究所であるが、クリス・ラングトンという人がいて、彼が提唱している人工生命論というのがある。コンピュータ上で簡単な規則を与えて自己増殖をさせるのだ。そのセルの動きを追うと、全く変化が止まってしまうものと、激しく動き回るが決して落ち着くことのないカオス状態になる群があり、その中間は複雑に成長・分裂・合体する生命体のような動きをする。これがカオスの淵と呼ばれるようになったというわけである。にそっくりな遷移規則を作り出すものがあった。
 物理現象で、例えば自ら水蒸気に変わるという現象を相転移というが、これもまたカオスの淵と考えられている。
 さてこれと思考との関係である。そこで人間の行動を考えると、全く声を出さないし思考がほとんど動かない状態などがうつ状態でみられる。またそれとは逆に思考が飛んでしまい、支離滅裂になってしまう状態も精神病でみられる。前者は秩序が過剰、後者はカオスと考えると、特に創造性を伴った思考というのはこの中間にあり、まさにカオスの淵ということがある。そしてカオスの淵に特徴なのは予測不可能性なのだ。