2017年1月25日水曜日

BPD 推敲 ②

<基準3> 同一性の混乱:著明で持続的に不安定な自己像または自己意識
<基準6> 顕著な気分反応性による感情不安定性
<基準7> 慢性的な空虚感
BPDにおける同一性の問題は、彼らが体験する慢性的な空虚感と切り離して考えることは出来ない。彼らは通常は自らが空虚で、自分はだれか、何を欲しているのかがわからないという感覚にとらわれる。これはしばしば抑うつ的な気分とも関係する。何をやっていても楽しくない、自分を発揮したり、没頭したりすることが出来ない。その空虚感はしばしばギャンブルや薬物依存の形をとるが、同様に異性との交遊関係に向かうこともある。彼らは一時的にある趣味や思想、嗜好に傾倒し没入することがあるが、それが持続せずに浮動し、一定しない傾向にあり、それが再び空虚感を増幅させることになる。その意味ではBPDを気分障害の一種としてとらえる見方をする専門家も少なくない。患者の語る日常体験にはしばしば軽躁的で活動的な気分と抑うつ気分の間の変動が見られる。前者の際には対人関係を広げ、様々な計画を立てるが、後者の気分に陥るとそれが空しくなったり、自殺願望が頭をもたげてくる。午前中は興味を持てていたことが午後には煩わしいだけになってしまうというような体験を持ち、それが対人関係や社会生活上の障害となる場合も少なくない。
<基準4> 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食)
<基準5> 自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為のくり返し
 自傷傾向や自殺の衝動はともに上述のBPDに特有の空虚さに関連している。彼らはいかなる活動によっても、自分が生きていて心から楽しみ、没頭するような体験を得られない。その代りに慢性的にむなしく、生きていることを苦痛に感じる。彼らは一時的にでも自分を満たし、喜びを与えてくれることに走るようになる。それが放埓な消費行動や性的行為、物質乱用などの、いわゆるスリルを追い求める行動 thrill-seeking behavior なのである。もちろんそれらの行動は止んでしまうと、あるいはそのレベルに耐性がついてしまうとさらなる空しさや抑うつ感を生む。そのために彼らは再びそれらのスリルを求めての行動に走るという繰り返しとなる。BPDにおいてこのような傾向が対人関係に及び、相手からの注意を惹き、つなぎとめておくための手段として、自殺の脅しは自傷とともにしばしば用いられるが、自殺はまた空しさからの逃避、半ば深刻さを伴った試みでもある。実際にBPD810%は実際に既遂自殺に終わる。そのために自殺の脅しを決して軽んじたり単なる見せ掛けのものと考えるべきではない。ただし実際には自殺の脅しがあまりに頻回に繰り返されるために、BPDにおける自殺衝動の深刻さを周囲も医療者も軽んじる傾向がある。
<基準8> 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す)
この基準8は、慢性的な空虚感をもとに解説した上記の事柄とは若干性質を異にする。それらによってはBPDにおいてしばしばみられる激しい怒りの表出を十分説明することができないからである。BPDにおいてみられる衝動が通常の衝動と異なるのは、前者においては通常のちになっても後悔の念があまり語られないからである。普通なら「カッとなって思わず~してしまった」という反省や後悔、それに基づく謝罪の言葉が聞かれるような行動についても、BPDにおいては、さも当然といった言動や態度を続け、その行動が当人にとって確信的であり、同じような状況では再度繰り返される可能性を感じさせる。このことから、BPDにおける激しい行動は、その状況では周囲に対する配慮に優先するだけの情緒や価値観を伴ったものであったことがわかる。たとえばある患者が恋人との別れ話の際に、彼(女)との口論を続けるうちに仕事上の重要な会合を無断欠席したが、後になってもその重大さを認識する様子がないということが起きる。それはおそらくその患者の中では、恋人との二者関係が三者関係(会社への影響、恋人との二者関係を超えた第三者とのかかわり)に優先しているとの感覚があるからであろう。その意味ではBPDにおいては彼らの精神世界はいまだに前エディプス的な二者関係にとどまっているとも考えられる。
<基準9> 「過性のストレス関連性の妄想様観念、または重篤な解離性症状」
この診断項目は様々な含みを持つ。系譜としては1950年代にBPDの概念が提唱され始めた頃から論じられている問題、すなわちその精神病様症状に関連した項目がここに形を留めているとみることが出来る。患者はカウチの上で自由連想を促されると、連想が弛緩する傾向にあり、話の筋が追えなくなったり、錯覚、幻覚に近い体験を語ったりする。過去の出来事と現在との関連が曖昧になったり、自分の内側からの声が聞こえたり、見えないはずの誰かの影が知覚され、それにおびえたり、あるいはそれに語りかけたりするという様子がうかがえる。そのためにBPDは一見神経症水準にある人たちが統合失調症と踵を接しているのではないかという議論がなされたのである。(BPD border とは神経症と精神病の境目、という意味を有していた)。その後BPD者をフォローすることで彼らが統合失調症を発症することはなく、結局その意味でのボーダーラーンの意味も認められないことになった。

現実にはBPDの多くに実際に幼少時のトラウマがあり、それがフラッシュバックや解離の形でよみがえるという現象が観察される。解離においては幻聴、幻視、他の人格状態との混乱により生じる話の筋の追いにくさといった症状はしばしばみられ、それがこの基準9に相当する。