2016年12月31日土曜日

解離概論 推敲 1

いよいよ締切である。

解離性障害の位置づけ
精神医学や心理臨床における解離性障害の認知度はいまだに十分高いとはいえない。最近でこそ精神科医や心理士、あるいは司法領域の人々から、解離性障害をより深く理解し、その対処法を知りたいという声をしばしば耳にするようになった。しかし解離性障害は長い間、差別的な語感のある「ヒステリー」と呼ばれ、言わば不遇の時代を超えてきたという歴史があり、今でもその影響が根強いのも事実である。
 解離性障害は正式には米国での精神医学の診断基準であるDSM-III1980)において、ようやくヒステリーの呼び名を離れ、精神医学で事実上の市民権を得た。それ以降解離性障害はWHOの診断基準であるICDにも収められ、その位置づけはより確かなものとなって来ている。
 この間の識者の間での解離の理解の変遷は、何度か改訂を経ているDSMの診断基準に遂次反映されている。1980年に出版されたDSM-IIIには「記述的でありかつ疫学的な原因を論じない」という原則があった。これは米国における精神医学を長年牽引した精神分析理論の持つ原因論的、因果論的な傾向に対する揺り戻しの意味を持っていた。そこに解離性障害が独立して掲載されたのである。それから30年弱の年月を経た2013年のDSM-5においては、精神障害がその成因に基づきいくつかの群に分類され、解離性障害はその中の「トラウマとストレス因関連障害 Trauma and Stressor-Related Disorders」という大きなカテゴリーに入れるべきであるとの議論があったという。しかし最終的にそのカテゴリーから外れたのは、解離性障害の診断基準のどこにも、トラウマの既往やそれと発症との因果関係がうたわれていないという点が大きく関係していたと考えられる。ただし掲載の順番としては、7「心的外傷およびストレス因関連障害群」と9.「身体症状症および関連症群」のあいだに8番目として位置づけられることとなった(8.「解離症群/解離性障害群」)。ちなみに現在公開されているICD-11ベータ試案でも解離性障害群は「ストレスと特異的に関連する障害群 disorders specifically associated with stress」と 「身体苦痛障害 Bodily distress disorder 」の間に位置しており、その扱いはDSM-5に準じている。

解離性障害の定義
解離性障害の定義はDSM-III (1980) 以来大きな変化はない。それは「解離症群の特徴は、意識、記憶、同一性、情動、知覚、身体表象、運動制御、行動の正常な統合における破綻および、または不連続である。」(DSM-5)として表されるものである。すなわち通常は人間の心身は記憶、思考、同一性、などのいくつかの異なる個別的な機能(モジュール)の統合された状態であり、その破綻が解離である、という理解である。ただしこのDSM-5において、その個別的な機能として知覚や運動制御が含まれているのは一つの矛盾と言えよう。なぜならそれらが統合から外れることにより生じる転換性障害は、DSM-5においては解離性障害ではなく、「身体症状症」に分類されているからである。
 この分類のいま一つの問題は、「統合の破綻」という解離の定義が、解離性同一性障害(dissociative identity disorder, 以下「DID」と表記)に正確には当てはまらないという点にある。DIDにおいては異なる人格の一つ一つは同一性を有し、それら自身は統合されている。その統合された人格が複数存在してしまうことがDIDにおける問題の本質なのである。

さらに日本語に独特な問題もある。それは解離の定義にある「統合の破綻」という表現にある。他方では「統合失調症 schizophrenia 」もまた統合の失敗を意味するはずであるが、こちらは解離性障害とはまったく異なる病態を有するために概念上の混乱を招く可能性がある。これ、日本にいてたら絶対反対したと思う。