2016年9月26日月曜日

トラウマ概念再々考 3

最初の順番に戻ろう。明らかに第一次大戦はフロイトの思考に大きな影響を与えた。これは一方では戦闘体験というトラウマが人の心に決定的な変化を及ぼすという理論を生んだ。リンデマン、カーディナーたちの貢献である。カーディナーなどはもちろん時代の影響を受け、分析家でもあった。他方ではフロイトは戦争神経症の理論に影響を受けつつも、その理論を本質的に変えることはなった。ここで非常にうがった見方をするのであれば、フロイトは「もはやトラウマがあった、なかったの問題ではない」という立場であった。フロイトは戦争神経症を、精神分析により治癒しゆるものと考えたようであるが、それは彼の頭の中では、戦争神経症がエチオロジーとしては単純な構造をしていたからだ。実際の幼児体験においてはもっと複雑なことが起きうる。それは欲動と環境の相互作用に起きるある事象である。すなわちリビドーの蓄積。

フロイトのいかにも古く最古の思考は、しかし現在のトラウマ理論からすると複雑な斬新さを有する。もちろんリビドーというのは幻であり、フロイトの一種の妄想である。しかしトラウマの原因は、ある意味ではその場で体験されず、表現さえもされなかったある種の情動、特に怒りや欲求不満であるという事実は、かえってフロイトの着想の正しさを示しているようでもある。表現されず体験すらもされず、しかし解離された形で人の心を席巻するのは何か?これをクライエントたちの言葉から想像するに、それは「人として扱われなかった」「生まれてこなければよかった」「モノのように扱われた」という体験であろう。「程よくない」環境にいる子供たちがこのことに頭を悩ませる。ここで人として扱われなかった体験の最たるものが「自分の感情を持つことを許されない」体験なのである。