2016年6月24日金曜日

報酬の坂道 ④

基本は報酬勾配だろう

まず基本の基本からである。動物(人を含めて)を動かす原理。それは「快を求め、不快を回避するという性質である」。とりあえずこう述べてみよう。正解だろうか? いや、その答えをここではまだ急がないことにしよう。とりあえずこれを「快楽原則」としておこう。一見これはすごく正しいように思える。快を求め、不快を避ける。当たり前である。その通り。この原則はおおむねにおいては正しそうである。ただしすぐに一つの問題が生じる。「すぐにでも快楽が得られないとしたらどうするのだろうか?」そう。Cエレガンスも匂いのもとにすぐにでもたどりつくわけではない。Aさんだって家事が終わってほっと一息、となるために何時間も働き続ける。報酬が即座に保証されないのに、同粒はどうして動き続けるのか?それも夢中になって。
 私はこれを三日三晩考え続けた。(嘘である。)そして一つの結論にたどり着いた。そして動物生態学的にもそれが妥当であることを追認したので、ここに表明したい。それは生物がある種の報酬の勾配におかれた際に、それに惹かれていくということである。どういうことだろうか?
もちろんCエレガンスは水の中を泳ぎながら、「匂い」のもとに到達して、「やった!」と感じているわけではない。だから彼らは泳ぎ続けるのである。しかしここには一つの仕掛けがある。Cエレガンスが好む匂い物質の濃度勾配がそこに存在するということである。つまりシャーレの一端に患者の尿をたらし、そこからの距離に従って、そのにおいが拡散していく、という状態に置かれることで、生物は動いていくのだ。以前出て来たもと商社マンAさんなら、「さあ次は掃除だ。これが終わったら洗濯をして…」と頭の中の予定表にある項目をこなしていく。それが実は楽しいはずなのである。それをここでは報酬勾配、と呼んでおこう。そしてその由来は、濃度勾配である。濃度勾配こそ、生物が動いていく際の決め手として注目されているテーマなのだ。

走化性(ケモタキシス)という仕組み
匂いに向かって進む性質、それはCエレガンスはおろか、単細胞生物にも存在することが分かっている。それを走化性 Chemotaxis と呼ぶ。“chemo”とは化学の、“taxi”とは走る、という意味だ。化学物質に濃度勾配があれば、鞭毛をもった細菌などはそれに従って移動する。いや鞭毛をもたない白血球なども同様の行動を示す。もちろん何に向かって走るかにより、温度走性、走光性などがあるが、医学の分野との関連で濃度勾配により移動をする走化性の研究がずば抜けて多いのは、これが生物学と医学の両方で特筆すべき重要性を持っていることの証である。
ここからはWIKI様(敬称付きである)に御頼りするしかないが、何しろ1700年代初頭にレーベンフックが顕微鏡を発見した時から、「なんだ、この細胞、じわじわとどっかの方向に動いている様だぞ!」ということが発見されたという。生命のもとになる単細胞が、どこかに向かって泳ぐ(移動する)ということが分かっていた。そしてそれがある種の化学物質に向かう、あるいはそれを嫌って避けるということは、その細胞の基本的な性質としてあるのだ、という認識が高まってきた。あとはその研究の歴史が延々と続くのである。Cエレガンスどころの話ではなかった・・・・・。Cエレガンスは多細胞生物である。体長一ミリ、細胞の数は1000前後で立派なものである。彼が「走る」のはむしろ当たり前であったのだ。