2014年10月30日木曜日

「自己愛と恥について」 (2) すべてのシステムを巻き込んだ精神療法の方法論の構築 (2)

明日から精神分析学会。私が唯一最初から最後まで出席する学会である。

「自己愛と恥について」 (2)
でもこの原稿って、結局私が書いたことをまとめて提示すればいいのだろうか?何かそんな気がしてきた。「恥と自己愛トラウマ」は決して多くの人には読まれていないし、このテーマについて追ってきた私としては、これまでの考えをまとめればいいのだろうか?でもそれだと全然面白くないのだが…。仕方がないので、やってみよう。とほほ。
そもそもどうして「恥と自己愛」なのか?
私の二冊目の著書「恥と自己愛の精神分析」は1997年の出版であり、この頃からこのテーマは気になって仕方がなかったわけである。私はフランスやアメリカに渡るとき、「私は日本人である」という名刺代わりに何か伝えられることがあるとしたら、対人恐怖についてであろうと思っていた。ただし決してそのために恥をテーマに選んだのではない。恥と対人恐怖のテーマは思春期以来の私の個人的なテーマであった。「人と会うって、どうしてこんなに恥ずかしいのだろう」というわけだ。ただ同時に確かだったのは、物おじしてしまう自分をものすごくふがいないと思っていたということだ。
高校生のころ、スズキサチオ(仮名)というクラスメートがいた。私はどれだけ彼をうらやましい、と思ったことか・・・・。彼は私が欲しいもののかなりを持っていた。特に物怖じしない態度が素晴らしかった。私はフォークソング部なるものに所属し、サッチ(彼のあだ名、仮名)のボーカルに合わせてギターを弾いたりなどしていた。高校2年の文化祭で何かの催しがあり、司会者が客席からボランティアを募った。ちょっとセリフを言うだけの簡単なものだったと思う。私はそんなところに出ていくようなタイプでは全くないが、ちょっと興味を感じたことを覚えている。するとサッチが後ろの方から「ハーイ!」と声を上げながら、後ろの客席から立ち上がり、ステージの方に走っていくではないか!その姿の無邪気で恐れ知らずな雄姿は、40年以上たっても目に焼き付いている。
どうしたらサッチのようになれるのか? 否、どうして彼のようになれないのか、と思い続けた青春時代だったが、こう書いてみると、恥と自己愛に関する原点は私にとってはまさにこれである。自己主張をしたいという願望と、それが生む羞恥への恐れという葛藤である。この両方がそれなりに高くて、葛藤が大きければ、これが人生の主題のひとつとなる。どちらが勝っていれば「どうしてそんなことが恥ずかしいの?」とか「人前に出るなんて、とんでもない。最初から考えていませんよ」となり、そもそも問題意識として浮かび上がらないわけである。
それにしてもサッチ、どうしているかな。ググッても彼の名前が出てこない。私はサッチが大変な可能性を秘めた人間で、これから人生を順風満帆に歩み、将来絶対名を成すと思っていた。でも案外平凡な生活を送っているのだろうか。世の中積極性だけではないということか。しかし彼は成績も良く、性格も悪くなかった。どこかでしずかに人生を満喫しているのだろう。


すべてのシステムを巻き込んだ精神療法の方法論の構築 (2

 さてこのような私の考え方は、基本的にはレスター・ルボースキーが提唱した「ドードー鳥の原則」に影響を受けている。といっても彼の概念に影響されたというよりは、私が常日頃考えていたことをそれがうまく表現していたからである。ルボースキーのこの原則についてご存じない方のために少し説明すると、彼は1970年代頃より始まった、「どのような精神療法が効果があるか?」という問いに関して、「結局皆優れているのだ、その差異の原因は不明なのだ」という結論を出した。それを彼は「不思議の国のアリス」に登場する謎の鳥の下した裁定になぞらえたのである。(ここで、ドードー鳥の原則は、それ以前に全盛期の前半に誰かに提唱されたものを彼が引き継いだ、という論文を読んだ気がしだした。急いで調べなきゃ。)
この原則は、私が日々実感し続けていることである。それは30年前に精神科の臨床をはじめたときからあまり変わらない。それは私は患者さんと話すとき、どう考えても自分がテクニックらしきものを用いていないと感じるのだ。それは精神分析のトレーニングを終えてもそうだし、認知療法の手ほどきを受けてもそうだった。いや、それは性格ではないかもしれない。「それでは精神分析(あるいは認知療法)のプロセスに入りましょう」ということはあるのだが、そこに行き着くまでに患者さんとの「面談(雑談?)」が続き、残り10分、ということもないわけではないのだ。

この長々とした、本題からずれた面談や雑談はしかし、意味がないわけではない。というより数日振り、ないしは数週間ぶりに患者さんとであったときは自然発生的に起きてくるのである。まずは最初に「ここ数日(数週間)はいかがでしたか?」という話になるが、そこから昨日あった出来事の詳しい話や、それについてのアドバイスなどを求められたりする。すると「いや、もう分析(認知療法)」をはじめなくてはならないので、その話は後で」とも言えない。また本題が始まったとしてもそこから話が脱線することが多くあり、それが決して意味がないわけではなく、現在の患者さんの生活の中で最も切羽詰った出来事であったりするのだ。この時間はとても大事なのだが、いったい何が起きているのかが不明なのだ。無駄なのか?決してそんなことはないだろう。しかし例えば認知療法のプロセスを邪魔しているのか? うーん、微妙。そうでもあるし、そうでもないような。
 昔ある離婚によるトラウマをもった中年の男性のリクエストに応じて、EMDRを行ったことがある。といってもまあ一セッション30分、隔週程度だ。医師としての診察の枠の中だったからである。最初は熱心にやったが、あまりいい結果が得られなかった。そのうちEMDRのセッションの時間が短くなり、各EMDRの間の雑談も多くなり、そのうち緩急を動かしてもらう時間は申し訳程度になってしまった。しかしその間彼はしばらく前に去られてしまった奥さんのことを私と語って涙した。それはそれで重要な時間ではなかったかと思う。私は認知療法はあまり熱心にやったことはないが、私のイーカゲンな性格のせいか、似たようなことが起きるような気がする。テキストどおりの認知療法をやっていて効果が上がれば良いが、うまくいかなくて少しずつ形を変えていくうちに、面談(雑談)になっていってしまう。だめだこりゃ。大野先生に怒られちゃうな。