2014年8月18日月曜日

エナクトメントと解離 推敲 (4)

 スターンによれば、ここで援用されるのが、サリバンの議論である good-me, bad-me, not-me であるという。日本語では通常、「よい自分」、「悪い自分」、「自分でないもの」あるいは「自分でない自分」と訳される。」対人関係論の創始者ともいえるサリバンの理論がここで再登場するのだ。
スターンは興味深い説を提唱している。もし解離やエナクトメントが good-me bad-me の間であったら、両者のあいだを治療を介して取り持つのはさして難しくない。問題は、me not-me の間に生じている解離であるというのだ。その際は治療者は「自分自身を非合理的で感情が込められた体験に、しかも時には相当長期間委ねなくてはならない」(p.215)という。そしてこの me not-me の間のエナクトメントを扱う事が治療上最も重要で、また難しいという。
 ここで少し解説を加えるならば、スターンやブロンバーグたちが言っている解離とは、おそらく相当広い範囲の体験を包括しているのだ。そして good-me bad-me の間の解離とは、どちらかといえばスプリッティングに近いのだろう。そしてme not-me の間の解離が、私たちがこれまで論じてきた「解離性障害」として知っている解離、つまりそこで健忘や「させられ体験」が生じるような解離なのだと考えることができよう。
 スターンが次に論じるのが、分析家の側の解離という問題である。ただしこれは患者の側の解離によって引き起こされるものの、何か異物が患者から治療者にやってくるという、しばしば投影性同一視に見られるような状況ではないということを強調している。
 このテーマについて考える上での重要なヒントとなるのが、ハインリッヒ・ラッカーの同調型、補足型の同一化、ないしは逆転移という考え方だ。同調型は患者さんの意識内容に沿って治療者が思考する内容であり、補足型はそれにたいして反応する形の思考内容である。たとえば「自分はダメだ」という患者に対する同調型の同一化は、「そうですね。ダメなんですね」であるのに対して、補足型ではたとえば「そんなことでどうするんだ!」という思考となる。
ラッカーはこんなことを言っているという。「治療者は常に逆転移神経症にかかっている。」(1957、P32(Racker, H. (1957), The meanings and uses of countertransference. In: Transference and Countertransference. New York: International Universities Press, 1968, pp. 127-173) ここでスターンがあげている例を示すならば、もし患者が攻撃性を出している時に、治療者が自分の攻撃性を否認している場合には、その患者に対して共感的にはなれないという。その変わり、患者が幼少時に、怒りを向けた患者を拒絶した親に同一化することになるのだ。
 この例はとても分かりやすく、またスターンの発想がどのようにラッカーの影響を受けているかについてもわかる。ただしラッカーはここに解離という用語や概念を持ち込んではいなかった。それはスターンらの功績と言えるのだ。
ところでここで一つコメントするならば、この解離の概念はスプリッティングの概念と類似しているということだ。むろん通常スプリッティングは意識内に生じている二つの矛盾する思考であり、解離はそこに健忘障壁があり、一方は他方を同時に考えられない、という違いがある。ただ他方では両者は葛藤等は異なる形での矛盾の処理の仕方という点では共通しているともいえるのだ。
またブロンバーグやスターンの解離理論は、投影性同一視(PI)の概念とも近いことがわかる。患者は(もちろん治療者も、だが)一緒にしておけない思考内容を相手(治療者)に投げ込む。それが治療者が患者の解離部分を得なくとする、という先の議論につながる。これはスターン自身が否定しているにもかかわらず似たような心の働きと考えざるを得ない。すると解離理論とPI理論とは、結局出自が違う、ということなのだろうか。解離理論の場合には、サリバンがその根底にある。何しろ me, not-me の概念を打ち出したのは彼だからだ。いみじくもブロンバーグは言っている。「サリバンの理論は、私の考えでは、解離の理論なのだ。」(Bromberg, P. M. (1995), Resistance, object usage, and human relatedness. In: Standing in the Spaces:
Essays on Clinical Process, Trauma, and Dissociation. Hillsdale, NJ: The Analytic Press, 1998, pp.
205-222. P215