2014年8月27日水曜日

解離と脳科学(推敲)(2)

ともかくもハイデルベルグである。私はハイデルベルグ行を決める少なくとも3日前までは、自分がそんなところに用事があるとはとても想像していなかった。ところがそれなりの必然が生じたのである。私はその頃3回の口頭試問に落ちて、おそらくかなりブルーだった。またあの筆記試験を受けなくてはならない。とにかくそれをパスして、また口頭試問に挑戦しなければ。その頃私はかなり卑屈になっていたところがある。クラスメートたちの多くは、メニンガークリニックの地元であるトピーカの町で仕事を得つつ、徐々に外の州に居を移していた。しかし町で彼らに出会うことは頻繁である。ボード(専門医試験)に受かることは、精神科医となった人々が少なくとも数年頭を悩ませることだ。中には卒業して最初のボードに失敗し、落ち込む仲間もいるが、2回、3回とトライをしていくうちに受かり、その彼らの顔が徐々に明るくなっていく。その中で一人取り残されていく感覚。早くそこから脱出したいと願う。それなのにまた振出しに戻った私はさらに足止めを食うことになる。でもとにかく早く一次試験を突破してしまいたい。そこで取り寄せた資料から、再び一次試験の開催場所とその日時を探る。そこでショックを受けた。なんとその日は、私が日本の学会に出るために帰国するする日に当たっていたのである。その頃私は10月の後半に日本で開かれる精神分析学会に合わせて数日間帰国することにしていたのだ。ところが運悪くその年、(おそらく1997年くらいだったと思うが)その予定がかち合ってしまった。学会での発表はもう決まっていることである。今更取り消すわけにはいかない。しかしその年の筆記試験を逃すと、およそ一年さらに足止めを食うことになる……。呆然としたのを覚えている。ただここで普通だったら諦めるだろうが、私はあきらめることが出来なかった。私がその試験を受けて、かつ学会に出席できる方法を探した。常識だと試験を受けて当日に日本を絶つことなどできない。ところが・・・・ひとつだけあったのである。(つづく) ← 実は書く気力を失ってきている。全然たいした話ではないのである。なんでこんな話をしだしたのだろう。

このタイプDについての話を続けよう。ショアはこれを示す赤ちゃんの行動は、活動と抑制の共存だという。つまり他人の侵入という状況で、愛着対象であるはずの親に向かっていこうという傾向と、それを抑制するような傾向が同時に見られるのだ。そしてそれが、エネルギーを消費する交感神経系と、それを節約しようとする副交感神経系の両方がパラドキシカルに賦活されている状態であるとする。そしてそれがまさに解離状態であるというのだ。
これに関するもう一つの研究は、Tronick らによる、いわゆる能面パラダイムstill-face procedure である。つまり子供に対面する親がいきなり表情を消して能面のようになると、こどもはそれに恐れをなし、急に体を支えられなくなったり、目をそらせたり、抑うつ的になったり、と言った解離のような反応を起こすというのだ。
このタイプDの愛着の概念が興味深いのは、そこで問題になっている解離様の反応は、実は母親の側にもみられるという点だ。母親は時には子供の前で恐怖の表情を示し、あたかも子供に対してそれを恐れ、解離してしまうような表情を見せることがあるという。そして母親に起きた解離は、子供に恐怖反応を起こさせるアラームとなるというのだ。(同論文114ページ、引用された文献はHesse, E., & Main, M. (2006). Frightened, threatening, and dissociative parental behavior in low-risk samples: Description, discussion, and i nterpretations. Development and Psychopathology, 1 8, 309-343. (つまりこれもメインの業績ということか。怪物だな。) 
このことからショアが提唱していることは極めて重要だ。幼児は幼いころに母親を通して、その情緒反応を自分の中に取り込んでいく。それはより具体的に言うならば、母親の特に右脳の皮質辺縁系のニューロンの発火パターンfiring patterns of the stress-sensitive corticolimbic regions of the infant's brain, especially i n the right brainの取り入れ、ということである。ちょうど子供が母親の発する言葉やアクセントを自分の中に取り込むように、と言ったらもう少しわかりやすいかもしれない。そしてこれが、ストレスへの反応が世代間伝達を受けるということなのだ。そしてそこに解離様反応の世代間伝達も含まれる、というわけである。

これを書いていてひとつ思い出したことがある。ある本(マット・リドレー 柔らかな遺伝子)を読んでいて、子供に育てられたサルが蛇を怖がらないという話が出てきた。そこで蛇に野生のサルが反応するのを子ザルたちに見せると、いっぺんで怖がるようになるという。野生のサルが檻のてっぺんまで飛びのいて、驚愕に口をパクパクさせるのを見た後は、子ザルたちは模型の蛇でさえ怖がるようになる。これはどういうことか。ある見方からすれば、子ザルたちは母親の情緒反応パターンを取り込んだのだ。ショアの言うとおりに。ところが別の見方をすれば、一緒にトラウマを味わったことになる。子供が幼少時に受けるトラウマはこのように、刷り込みの意味を含むからこそ意味が深いことになる。おそらくトラウマを起こしてきた人の様子も含めて、右脳の皮質辺縁系の回路に刷り込まれるというわけだ。そしてそれが解離についてもいえるということになる。