2014年7月15日火曜日

トラウマ記憶と解離の治療(推敲)13


さらに次に出てくるTさんの話も紹介しよう。

30代前半の男性であるTさんは、仕事をしても続かず、ガールフレンドが出来ても二月と続かずにすぐに愛想をつかされてしまうという。「自分はどうせ何をやってもダメなんです。」と自暴自棄なことを言う。面接では色々聞いて行くうちにまたもや父親の話が出てきた。彼の父親は さんを小さい頃から一度も褒めたことがなく、愛情のかけらも注いでくれなかったという。「私が人生で上手く行ってしまえば困るんです。父親が私をちゃんと育てたことになりますからね。」治療者はTさんに言って見る。「目の前にお父さんを思い浮かべて下さい。そして『父さん、僕は仕事がうまく行っていて、今度サラリーをあげてもらうことになりましたよ』って言って御覧なさい。」
それを聞いて さんは「すごく嫌な感じがします。というより緊張します。そんなことは言えませんよ。彼が父親としてうまく育ててくれたことを示すことになっちゃいます。」という。治療者は「ということは、あなたがいかにダメ人間かを示すことで、自分がいかに育て方を間違っていたかを理解させたいというわけですね。」 さん:「ふーん、そういうわけか。」 ここで治療者は大事なことを指摘する。「でも さん。あなたはお父さんに期待しているというわけだ。あなたがいかにダメ人間になったかを示すことで、お父さんは心から反省し改心して『俺はダメな父親だった。済まなかったね。』とあなたに謝るということを、あなたは期待しているんでしょう?」そこで さんは意外そうな顔をする。
結局セラピストは さんに次のようなセンテンスを言ってもらうことになった。「私の父は自分の過ちを正直に認めて謝るような人です。」それを言った後Tさんは言った。「アリエネー!!」(原文は Fuck!!!)

治療ではこの「父親はろくでなしだ」という言葉と「父は正直ものだ」という言葉のミスマッチが、そしてそれが隣同士に置かれていること juxtaposition が治療の決め手となる。つまりろくでなしの父親、という頭にしみついた思考がいったんグラグラになり、別のものになって再固定化するというプロセスが可能になるというのだ。
この例は一つの臨床例として示されているわけであるが、記憶の再固定化というテーマと少し齟齬がある気がする。ある外傷的な体験が昔あり、それを思い出すたびにフラッシュバックに近い情緒的な体験がある、という症例ではなさそうだ。むしろ認知療法的なアプローチと言った方がいいかもしれない。