2013年6月27日木曜日

DSM-5における解離性障害 改訂版 (6)


4) 「PTSDの解離タイプ」という概念
 この項目については、主として Ruth Lanius, et al.: The Dissociative Subtype of PTSD: Rationale, Clinical and Neurobiological Evidence, and Implications. Depression and Anxiety 00:1-8, 2012 に沿う形にする。)
 従来のDSM-IVにおいては、解離性の症状が扱われる精神疾患「解離性障害」の項目以外にもあった。それらはASD、BPD(第9項目)、身体表現性障害などであったが、従来よりPTSDに見られる諸症状も解離性のものとしてとらえるべきではないかという議論は多くあった。今回のDSM-5では一歩踏み込んでPTSDの下位分類として「解離タイプ」という診断が提示されているのでこれについても特別に言及したい。
 PTSDには二種類ある、という理解は最近のPTSD研究において特に生物学的な所見によりその正統性が認識されるにいたったという印象がある。ある研究によれば、トラウマを体験した人々にその記憶を語ってもらい、それを録音したものを聞かせてている間の脳をMRIでスキャンしたという。すると約70%の患者は心拍数の増加を見せたのに対して、残りの30%の患者は離人体験や非現実体験と共に、特に心拍数の増加を見せなかったという(Lanius RA, Bluhm R, Lanius U, et al. A review of neuroimaging studies in PTSD: heterogeneity of response to symptom provocation. J Psychiatr Res 2006;40(8):709–729.)。つまりおなじPTSDの診断が下っても、それがかなり両極端な生物学的な所見を示す二つのグループに分かれるという発見があったのである。
 そこでまずこの「解離タイプ」の定義であるが、DSM-5では基本的にはPTSDの診断基準を満たし、以下のA1, A2, あるいは両方の症状を継続あるいは頻発する形で経験するものとされている。
A1. 離人症:自身の心的経過や身体に対して距離を感じ、あたかも外から眺めているように感じる(夢の中にいるように感じる、自身や自身の身体を非現実的に感じる、時間がゆっくりすすんでいるように感じる、など)。
A2. 現実感喪失:周囲に対する非現実感(周囲の世界を、非現実的、夢の中のよう、遠くにあるみたい、歪んでいる、などと感じる)
 簡単に言えば、PTSDの症状を示し、かつ解離性障害のうちすでに 1)で見た「離人・現実感喪失障害 depersonalization/derealization disorder」を満たす障害ということになる。
 同論文によれば、PTSDのサブタイプとして解離タイプを考える根拠を4つほどあげられるという(ibid.)。第1には、ある研究でPTSDの患者を調査し、taxometric analysis (分類分析)を行ったところ、戦争からの帰還兵と平民に関して、離人感と非現実体験を特に症状として持つ人々のサブグループが抽出されたという事実。第2にはPTSDの認知行動療法において、解離タイプはそれ以外の患者と異なる反応を示すという所見。第3には解離タイプのPTSDの患者には、それ以外とは異なる情動コントロールのパターンが見られるという事実。そして第4には、このサブタイプを考案することで、疫学的、神経生物学的な研究、精神病理学、診断学についての様々な研究を加速させる効果があるということである。
 このうち第3の生物学的な所見については、そこから第一次解離と第二次解離という分類が生まれたという(van der Kolk, BA., van der Hart, O., Marmar, CR. (1996) Dissociation and information processing in posttraumatic stress disorder. In B. van der Kolk, AC. FcFarlane, & L. Weisaeth (Eds,) Traumatic stress (pp.303-327), New York, NY: Guilford Press)

 第一次解離とは、再外傷体験やフラッシュバックなどが生じ、感覚的な記憶内容の意識野への侵入が生じている状態である。その際に内側前頭皮質と前帯状回の活動の低下が生じる。これらの部位は感情の調節をつかさどることが知られている。そして同時に起きるのが辺縁系と扁桃体の活動昂進である。この前頭前野と扁桃体はシーソーのような関係があると見ていいであろう。前頭前野は扁桃体を抑える働きがあり、前者の活動が低下する場合には、扁桃体の抑制が効かず、野放し状態になる、という風にである。そして第二次解離はちょうど第一次解離と逆の事態が生じている。すなわち内側前頭皮質と前帯状回の活動の昂進と、扁桃体の活動低下が生じることになる。ちなみにこの脳科学的な所見とも関連した解離の理論は「皮質辺縁系抑制モデル corticolimbic inhibition model」 と呼ばれる。
 この第一次、第二次解離という分類で言えば、この第二次解離というのが解離タイプのPTSDに相当する「本来の」解離ということになる。一般的にいう解離はいわば感情がシャットダウンしている状態と言える。ある研究によれば、CADSS(Clinician-Administered Dissociative States Scale(Bremner, et al.,1998)という解離症状のスケールを用いて患者のうち高いスコアを示す人に恐怖刺激を与えると、腹側前頭皮質が高い活動を示したという。つまり恐ろしい話や刺激を与えられた場合、解離を用いる人々は、感情をつかさどる部分(扁桃体など)が自動的にをシャットダウンを起こし、それが臨床上は解離症状となると言うことだ。扁桃体とは、普段はある程度は活動していることで、感情を体験することが出来る。感情は人間が防衛反応を示すために必要不可欠なものであるが、それを欠いた状態が解離といえるのだ。天災に被災したり、暴行を受けた時に感情が欠けてしまう状態は、そのような場面で通常は活動をしなくてはならない扁桃体が働いていないことになる。(両側の扁桃体を取り除いた場合に起きる、一切の恐怖反応を示さなくなった状態(クリューバービュッシー症候群)のことを考えるとわかりやすいであろう。)