2013年6月25日火曜日

DSM-5における解離性障害 改訂版 (4)



3) 解離性同一性障害の診断基準の変更

解離性同一性障害(以下DID) の診断基準にはいくつかの変更が加えられた。DSM-5のDIDの診断基準のAは次のような文で始まる。「2つ以上の明確に異なる人格状態の存在により特徴づけられるアイデンティティの破綻であり、それは文化によっては憑依の体験として表現される。Disruption of identity characterized by two or more distinct personality states, which may be described in some cultures as an experience of possession.」(DSM-IV-TRにはこの憑依という表現は見られなかった。)さらにはAの最後には「それらの兆候や症状は他者により観察されたり、その人本人により報告されたりすること。」つまり人格の交代は、直接第三者に目撃されなくても、当人の申告でいいということになる。(DSM-IV-TRでは人格の交代がだれにより報告されるべきかについての記載は特になかった。)また診断基準のBとしては、「想起不能となることは、日常の出来事、重要な個人情報、そして、または外傷的な出来事であり、通常の物忘れでは説明できないこと。」となっている。(DSM-IV-TRでは「重要な個人情報」とのみ書かれていた。)

以上をまとめると、DSM-5におけるDIDの診断基準の変更点は①人格の交代とともに、憑依体験 possession もその基準に含むこと。②人格の交代は、直接第三者に目撃されなくても、当人の申告でいい、ということを明確にすること。③健忘のクライテリアを、日常的なことも外傷的なことも含むこと、となる。

 この憑依体験をDIDの基準に入れたことについては説明が必要であろう。これについてSpiegel は「病的憑依においては、異なるアイデンティティは、内的な人格状態によるものではなく、外的な、つまり霊 spirit、威力 power、神的存在 deity、他者 other person などによるものとされる。」と説明している。そして「病的な憑依は、DIDと同様に、相容れないアイデンティティが現れ、それは健忘障壁により主たる人格から分離されている。」とも説明している。ここで「病的憑依」と断っていることは、健忘障壁のない憑依は「病的では必ずしもない」という含意がある可能性がある。

ちなみに従来のDSM-IV-TRでも憑依についての記載がなかったわけではないが、それはDDNOSの下位の「解離性トランス障害(憑依トランス)Dissociative Trance Disorder (possession trance)」というカテゴリーの例として挙げられていた。それによると憑依トランスはおそらくアジアでは最もよくある解離性障害であるとされている。そしてそれらの例としてAmok (インドネシア), latah (マレーシア), pibloktoq (北極圏) などが挙げられてる(DSM-IV-TR)。これらがいわゆる文化結合症候群としても記載されてきたことは言うまでもない。

 じつは臨床上も「霊にとりつかれる」という形の体験はしばしば患者から聞かれる。それが解離と区別されるべきかの説明を求められた際に時々答えに窮することがあったが、今回DSM-5であっさりと、DIDを「別人格や憑依体験によるもの」と認められたことで、この点は明快になったわけである。ただしこの変更にはある種の政治的な意味合いも含まれているようである。というのも世界には解離現象が、他人格への交代としてより、外的な存在や威力が憑依された体験として理解され説明される地域が少なくないという。Spiegel らによれば、病的憑依の報告は世界の多くの国で報告されているという。それらは中国、インド、トルコ、イラン、シンガポール、プエルトリコ、ウガンダなどにわたる。このようにあげると何か発展途上国が多いという印象だが、米国やカナダでも、一部のDIDの患者はその症状を憑依として訴えるという。そこでDIDが憑依現象をも含むことと定義することで、より多くの文化に表れるDIDをカバーすることになるのだ。

この憑依としてのDIDに関して、いくつかの少し具体的なデータもある。トルコの資料では、35人のDIDの患者は、45.7%が jinn (一種の悪魔)の憑依、28.6%が死者の、22.9%が生きている誰かの、22.9%が何らかのパワーの憑依を訴えたという。(Şar, V, Yargic LI, Tutkun H. 1996. Structured interview data on 35 cases of dissociative identity disorder in Turkey. Am. J. Psychiatry 153:1329–33)