2012年7月28日土曜日

続・脳科学と心の臨床 (60)



 コフート派の精神分析家アラン・ショアの最大の貢献は、彼が脳と心の接点について詳しく論じている点であろう。一世紀前に精神分析的な心についての理論が注意を促したのは、私たちが意識できない部分、すなわち無意識の役割の大きさである。フロイトは無意識をそこで様々な法則が働くような秩序を備えた構造とみなしたり、様々な欲動の渦巻く一種のカオスと捉えたりした。要するに彼にも無意識はつかみどころがなかったのである。夢分析などを考案することで、彼は無意識の法則を発見したかのように考えたのだろうが、決してそうではなかった。それが証拠に夢分析はフロイト以降決して「進歩」したとはいいがたいのだ。つまりフロイトの時代から一世紀の間、無意識の理論は特に大きな進展を見せなかった一方で、心を扱うそれ以外の領域が急速に進歩した。それらが脳科学であり発達理論なのである。

ここで読者の方は、脳科学と発達理論がこのようにペアで言及されることに気付かれるだろう。なぜ発達理論がこうも注目を浴びているのだろうか?それはおそらく人間の乳幼児がある種の観察材料になって様々な心身の機能の発達がいわば科学的に調べられるようになってきているという現状がある。乳幼児というのは、言葉は悪いが格好の観察対象なのである。いわば実験材料として乳幼児を用いるというニュアンスがここにはあるが、しかしその結果としてますます重要になってきているのが、乳幼児の脳の発達に母親とのかかわりが極めて重要であるということである。つまり乳幼児は科学的な観察の対象にされることが自分たちにとっても結果的に有益なことといえるのだ。
発達論者が最近ますます注目しているのが、発達初期の乳幼児と母親の関係、特にその情緒的な交流の重要さであるという。早期の母子関係においては、極めて活発な情緒的な交流が行なわれ、いわば母子間の情動的な同調が起きる。そこで体験された音や匂いや感情などの体験は主として右脳に蓄積されていくという(Semrud-Clikeman and Hynd (1990)。生後の2年間は、脳の量が特に大きくなる時期であり、右の脳の容積は左より優位に大きいという (Matsuzawa, et al. 2001)
Semrud-Clikeman, M., and Hynd, G., (1990) Right Hemisphere dysfunction in nonverbal learning disabilities: social, academic, and adaptive functioning in adults and children. Psychol. Bull, 107:196-209.
Matsuzawa, J., Matsui, M.et al. (2001) Age-related changes of brain gray and white matter in healthy infants and children. Cerebral. Cortex. 11:335-342.