2012年6月6日水曜日

続・脳科学と心の臨床(14)

オキシトシンが問いかける「愛とは何か?」

ある妊娠中の患者さんが、おなかの中にいる赤ちゃんに違和感、いやもっと言うと異物感、嫌悪感を抱いていたという。「どうして私の体の中でもうひとりの生物が大きくなっているの?なんの断りもなしに。」彼女はやがて生まれてくる赤ん坊とどんな対面をしたら言いかと途方にくれたという。そして当然ながら生まれる不安。「私はちゃんとお母さんになれるのだろうか?」・・・ さて赤ん坊が無事生まれて3ヶ月。彼女は子育てに没頭して、充実した毎日を送っているという。こんな話を聞くと精神科医は思う。「ハハー、脳の中でアレが出たんだな。最初の授乳のとき。これは間違いなし。」


今度はうちの神さん。チビのこととなるととても「犬」とは思えない。息も絶え絶えとなっている最近では、チビはおしっこの我慢もままならない。外出のときはオムツをさせるしかないがそれは忍びないという。それくらいならカーペットの上でもしてもらっていい、と。「どうして?」と聞くと「だってオムツにするのは気持ち悪いでしょう、かわいそうじゃない」「ハア?」と私。神さんにとってはチビはペットではない。「家族」なのだという。おそらく、ではあるが神さんの頭の中でも、チビに向かうときにはアレが出てるんだろう。おそらく。
週刊誌をにぎわす某芸能人。とっかえひっかえ女性を変え、すぐに飽きてしまう。言葉巧みに女性を誘うことだけは超一流だが、その後の関係が続かない。こいつの頭にはアレの受容体が少ないんだろう。おそらく生まれつきだね。
もうアレが何かはお分かりであろう。オキシトシンである。この続・脳科学と心の臨床では少し触れたが、このまま終わらすわけには行かない。それほど不思議な物質である。
医学部時代(はるか昔である)は、オキシトシンは子宮収縮・射乳ホルモンと習った。脳下垂体の効用から出るホルモンである。女性の出産や授乳の際にジワーッと出るホルモンということになる。それにしても自然界とはよく出来たものだ。このホルモンが動物の愛着にも関連していることが徐々に知られるようになった。これが分泌されるとその時関わっている相手に対する愛情がわくというわけだ。これって赤ちゃんにお母さんが愛着を持つ為にこの上なく都合がいい。母親はこうして一生赤ちゃんにほれ込んで面倒を見続ける運命になるというわけだ。(ところで同時に赤ちゃんの脳でもオキシトシンが出るのだろうか?勉強不足で知らないが、おそらくそういうことなんだろう。それが子どもからの愛着や刷り込みの基礎になっている可能性がある。)