2011年9月27日火曜日

雑感ー小沢さんの心証

今日のYOMIURI ONLINE の記事。
小沢元代表は26日夜、東京・赤坂の陸山会の事務所で判決について報告を受け、収支報告書の作成に直接関わっていなかった大久保被告も有罪とされたことなどについて、「予想外だ」と淡々とした口調で話したという。(下線は岡野)

これって要するに心証は真っ黒ということになるだろう。身に覚えがあるからこそ(うまく有罪を逃れられると思っていたのに)「予想外だった、ちぇっ」となる。冤罪だったら「断じて控訴する。絶対に許されることではない!!」と息巻くのが普通だろうから。
同日の別の報道では、「『検察も立証できないことを有罪にする、あんな判決はあり得ない』と述べ、強い不快感を示したという。」とあるが、これも「やって」いない人間からは出ない言葉。やっているから「立証」にこだわることになる。こんな言葉に表れる無意識的な心理をコメントする専門家が出てもおかしくないだろう。

23日の「私の診療手順」。誰も読んでいるはずはないが、私自身は更新をしながら進んでいる。万が一誰かが読むかもしれないというそれだけで、書くモティベーションになるのは実に不思議だ。

2011年9月24日土曜日

どうでもいい雑感

昨日聞いたユニクロの宣伝。アンジェラ・アキの「津軽海峡・冬景色」のカバー。あの後頭の中を回ってしまう。全然いいと思ったことのなかった演歌が、別の歌手のカバーで全く新しくよみがえるって不思議だ。それにしてもやはり歌唱力の問題だろうか?

野田さん。案外いいかも。首相って、まさに人格のリトマス氏になる。一年間(もう期間をすっかり決めてしまっている)メディアにさらされる。一挙手一投足が国民、そして議員の目に届く。政治の世界は権謀術数のはずなのに、「いけ好かない」「誠実さがない」「傲慢だ」「いい人だ」などがたちまち支持率に響いてくるのだ。折り紙つきの「いい人」の野田さん。単なるノー天気でなければいいのだが。

2011年9月23日金曜日

精神科「わたしの診療手順」

11月20日ごろまでに、次のような手順で解離性(転換性)障害について書く必要がなぜか生じた。詳しい事情を書くわけにはいかない。しかしこれほど枠にはめられた執筆は例がないが、かえって面白いかもしれない。
ただし執筆の意欲や意気込みはかなり低い。(どこかに書いたようなことばかりだからである。新しいことがかけない。)よってこの場を使うことにする。
                         

ステップ I 受診理由(請託内容)の事前確認
1.お困りの症状は?
① 一番お困りの症状はなんでしょう?
本疾患を疑わせるのは、
・世界がいつもと違ったように見えたり、自分自身の知覚や体の感覚がいつもと違っていると感じるが、うまく言葉では説明できない。
・身体の一部の機能が失われることがある。失声、失明、耳が聞こえない、足腰が立たなくなる、などの症状が突然失われ、または回復する。
・一定の期間のことが後になってそっくり思い出せないことがある。
・自分が買った(もらった)覚えのない物を所持している。
・他人から別の名前で呼びかけられる。

・自分の中に異なる部分があり、それらが話しかけて来る声(幻聴)が聞こえたり、それらと話し合ったりする。
② 他にお困りの症状はないですか?
本障害の場合、患者自身がそれを異常なこととみなしているかどうか、問診者に警戒の念を抱いていないかなどより、症状の訴え方が大きく異なる。幻聴、内部の人格との対話などについては注意深く尋ねる必要がある。
2.症状のこれまでの経過は?
① 最初にそれらに気がついた時期について尋ねる。多くの場合幼少時にさかのぼるために、時には家族からの聴取も必要となる。
② 症状が学校生活や仕事に支障をきたすようになった時期の生活環境について特に尋ねる。多くの場合外傷性のストレスが契機となっている。

③ 異なる人格状態により、症状の経過に関する話が異なる場合があるので注意する。
3.生活への支障は?
・人とのコミュニケーションに支障をきたす。
・人からわざと病気のふりをする、演技をしている、と思われやすい。そのために学校や職場で誤解されたりいじめにあったりすることがある。
・就学や継続的な勤務に困難が生じる。
4.今日来たきっかけは?当院(当科)を選んだ理由は?
・本障害の診断を確定してほしいという場合には関連疾患に関する著作以外にもインターネットや口コミの情報によるものが多いであろう。
5.ご自分では「何のせい」だと?
① 幼少時期の虐待や外傷がなかったか?
② 最近になりストレスや過去の外傷を思い起こさせることはおきていないか?
 うつ病、PTSDなどの併存症の悪化が生じていないか?
6.医療側への期待を確認する
① 「ここでして欲しいと期待していることは何ですか?」
本障害の場合、診断を確定してほしいという場合と、その診断は了解しているので、それに対する継続的な治療をしてほしいという場合がありうる。
ステップ II
1.問診
 本障害の問診は、ほかの精神科疾患と際立って変わることはないが、問診中に解離症状がおきたり、話題によっては人格の交代現象が生じる可能性があるので注意を要する。また症状の経過自体に対する健忘が生じている場合には、家族や同居者からの情報も時には非常に重要となる。

2.身体診察・検査手順
特に転換性障害の場合には、一般内科、神経内科における検査による身体疾患の除外が重要となる。しかしそれは必ずしも容易ではない。またしばしば身体疾患が併存している場合がある。解離性のてんかん(擬性てんかん)の場合には、脳波異常を伴う実際のてんかんが並存することも少なくないのはその例である。
3.病名分類診断
解離性障害と転換性障害は、DSMとICDではその分類の仕方が異なるので注意を要する。(ICD-10と異なり、DSM-Ⅳでは転換性障害は解離性障害にではなく、身体表現性障害の中に分類されている。)
4.症例定式化(case formulation)
基本的には生来の高い解離傾向と、幼少時の外傷性ストレスとにより本障害が形成されるものと考えられる。解離は外傷性のストレスを乗り切るための防衛として用いられるようになり、そのために生じる解離症状が常態化、慢性化して本障害が成立する。そして現在の精神的、身体的ストレス、併存症の存在が、症状の悪化を招く傾向にある。
ステップ III
1、病態・治療法の説明
① 診断の説明
解離性障害の概念は複雑であるが、とりあえずそれが統合失調症や詐病、「なまけ病」とは異なる現実の精神疾患であるということを説明する。
②病態の説明
病態の説明も容易ではないが、基本的には通常は統合されているはずの心身のさまざまな機能が分断され、それらの一部が一時的に機能を失ったり暴走している状態として症状を説明する。
③転帰の説明
解離症状、転換症状はその多くが時間とともにその華々しさを失っていく傾向にあるが、一部にはそれが非常に長く遷延するケースもあることへの言及も忘れてはならない。またうつ病などの合併症が伴う場合にも症状が慢性化する傾向にあることも説明する。
④治療法の説明

本障害の治療は精神療法が主体となり、薬物療法は対症療法的であったり、合併症の治療に向けられたものであることを説明する。
2 治療契約の協議

① 精神療法のための毎週~隔週の通院が必要である点を説明する。また場合によっては精神療法を提供できるような他機関を紹介する必要も生じるだろう。また治療は比較的長期にわたる可能性もあり、家族や同居人の協力も必要であることを説明する。
② 治療において解離症状が一時的に頻発する可能性も説明し、場合によっては治療への付き添いも必要となる点について理解を求める。
ステップ IV 治療手順
1.初診時
心理教育
解離性(転換性)障害がどのようにして生じ、どのような症状を示し、どのような治療手段が考えられるかについて説明する。そこには適切な書籍や文献を紹介することも含まれる。
精神療法
①上述の心理教育や、同障害の精神療法の趣旨について説明する。すなわち同障害は患者が自分の気持ちを自由に表現する機会を与えられることを治療の基本としていることを告げる。

②症状の引き金になっている可能性のある社会生活上のストレスについて検討し、その回避および軽減の方法について話し合う。薬物療法





とりあえずは現在見られる症状、すなわち不眠、興奮、抑うつに対する薬物を処方する。
① 急性期における身体的障害、家族の消耗を避ける意味での  精神安定剤の使用。
  ジプレキサ(5) 1~2T 興奮時頓用
 デパス(0.5) 1~2T 不安時頓用
② 合併症としてのうつ病の徹底したコントロール。
  ジェイゾロフト(25) 2~4T 眠前
  アナフラニール(10) 4~10T 眠前

2.維持期に至るまで
精神療法
① 症状の程度や頻度、それによる社会生活上の問題を明らかにしたうえで、治療目標を定める。支持的なアプローチに従う精神療法的な設定を提供することが望ましい。その際治療者は同障害についての知識と治療経験を一定程度持っている必要がある。
② DIDの場合は症状に特化した精神療法的なかかわり(個々の交代人格との接触を含む週に一度のプロセス)について説明し、了解を得る。
③ 解離性の健忘が生じている際の対処法として日記をつける、ホワイトボードを用いる等の指示を与えることが望ましいであろう。

薬物療法

3.維持期以降

精神療法
① 継続的な支持的アプローチ、生活環境の調整。
② DIDの場合は症状に特化した精神療法の継続。(2~3週に一度の頻度。)

薬物療法
① 継続した抗鬱剤、気分安定剤の使用。

2011年9月19日月曜日

北山研究所開設記念30周年

・・・・という集まりに討論者として出席した。この日のために北山先生の著作を集中して読んだ。何たる幅広さ、奥深さ。創造性。今日一日90分の3つのセッションをこなして疲れ知らずの先生を見ていて、つくづくそのエネルギーに圧倒される。数か月前にもこんなことを書いた気がする。

2011年9月8日木曜日

対人恐怖とは何か?(最終回)

Q:ところで先生、この小さい字で、「自己愛憤怒について聞いてください」とあるのは何ですか?

A:あ、そうそう、対人恐怖の話を終る前に、この話をさせていただこうと思っていたのです。自己愛憤怒とはいわば、恥の力、威力のようなものです。恥というと何か話すべきでないもの、あまり誉められないもの、というニュアンスがあると思いますが、実は恥というのはとてつもない威力を持っているという話です。
Q:恥のポテンシャル、・・・ですか?(上野樹里風) また我田引水で、恥を美化しようとしているという感じですね。
A:まあそうですが、最近の恥の論者たちは皆そういう傾向があります。話の発端はコフートという精神分析家の概念ですが、この分析家は精神分析という土壌に、恥の議論を持ち込んだ人です。人は常に他人から認められようとしている。それが得られないと感じられるのが恥である、と言った人です。
Q:人に情けないところを見られることによる恥、というのとちょっと違いますね。
A:まあ、恥の定義にはいろいろありますが、自己愛の文脈で恥を論じる、というのが一つのアメリカでの風潮なわけです。そしてコフートが、人は自己愛を満たされなかった時、まあそういう意味で恥をかかされた時、ものすごく怒りのパワーが出るということです。これってすごくよくわかる・・・・
Q:先生、なんか遠くを見る目つきになっていますね。
A:はあ、私もいろいろ恥をかかされたことがあるので。そういうときに人は恥じ入って、穴があったら入りたくなるわけです。でもそうではなくて、猛烈に怒ることがある。憤怒、とはそういうことです。どういうときかわかりますか?
Q:いえ、ピンときません。
A:あなたより年下だったり、あなたより会社などで地位が低い人に恥をかかされた場合です。その時に人は怒りの頂点に達することがある。恥をかかされた時の人間は怖い。政治の世界なんてまさにそこらへんで動いているようなものじゃないですか。彼らの世界なんて、足の引っ張り合い、恥のかかせ合い、メンツのつぶし合いみたいなところがある。
A:そうですね。政治の話になったところで収拾がつかなくなる前に、今日はこの辺にいたしましょうか?

2011年9月7日水曜日

対人恐怖とは何か?(8)

A: デパスは、おそらく内科などでもしばしば出されますし、一番名前が知られている安定剤ですね。後はもう一つ、いわゆるβ(ベータ)ブロッカーという一連の薬があり、こちらも役に立ちます。私も個人的にはこちらの方が好きです。

Q:先生もお飲みになるんですか?
A:アメリカでは自己処方がかなり自由なので、いろいろ試してみたことがありますよ。私は実はデパスやソラナックス等のマイナー系は好きではありません。なんとなく眠たくなるような気がして。それに慣れてくると思うのが嫌です。患者さんには散々そんな量では週間になることはありませんよ、という身ですが、何となく嫌です。ところがベータ―ブロッカーと言うのは本来高血圧の薬で、たくさんの人が飲んでいますし、習慣性と言うのがそもそもありません。私は時々飲むとしても、ベータ―ブロッカーの代表と言えるインデラルの一番小さい10ミリ錠を一つ程度ですが、高血圧の患者さんは時には百ミリ以上使うということもあります。習慣性がない、余り眠くならない、手の震えがなくなる、心臓もドキドキしなくなる。こんな便利な薬はありません…
Q:何かインデラルの話になるとまた興奮してきますね。
A:インデラルは、オーケストラの奏者たちも演奏の前に使っている人たちが多いのです。私はインデラルは体の緊張を取り、デパスは心の緊張を取る、という言い方をしています。インデラルは手の震えを止めるので・・・・・
Q:もうインデラルの話はこのくらいにして・・・
A:楽器奏者にとっては手の震えというのは非常に困るんです。だってバイオリンの高音部なんて、ほんの一ミリ指板を抑える位置がずれただけで一音違ってくるのですから・・・・
A:どうも先生は音楽の話とかにも嵌まる傾向がありますね。それではここで曲に行きましょう。

2011年9月6日火曜日

対人恐怖とは何か?(7)

A;まあ対人恐怖の人はみな偉くなる、というわけでもないでしょうけどね。

Q:あれ、最近ちょっと言葉キツくないですか。最近。まあそれはそうです。つまり私が言いたいのは次のことです。対人恐怖とは要するに相手が自分を見て、自分が何を相手に表わして、あるいは隠しているかということについての敏感さゆえに身動きが取れないほどの状態なのです。私は漱石のファンといえばファンですが、彼の文章を読んでいると、ほとんどそのことばっかりやっているのではないかと思うことがあります。
人と人とのかかわりに繊細でそこで生じるさまざまな力動を奥深く追求するために、対人恐怖的な敏感さは大切だ、というわけです。ただしもちろん退陣恐怖は知的に優位な人が起こしやすい、というものでもないんです。特に知性とは関係ないし、もうひとつは男女差もはっきりしないんです。それは日本の研究でも、アメリカの研究でも同じです。
Q:それでは先生、治療法についても教えてくださいますか?
A;そうですね。精神科医としてはお薬による治療とカウンセリングとの組み合わせがベストであると考えます。手っ取り早いほうの薬からいきますか。不安障害については、人類はある種の特効薬を持っています。それがいわゆる精神安定剤というやつです。「安定剤」とか「抗不安薬」とか「トランキライザー」という言い方をした場合、たいていこれをさすわけです。これは1950年代以降に発見されたもので、急場しのぎにはとても助かります。とりあえずこれを飲んでおくと心が落ち着く、という薬です。対人恐怖の人でこれを使うことで、苦しい場面をやり過ごすという人はかなり多いようです。
Q:安定剤ですね。私も局に勤めているので、生放送の前に緊張した人が何か「デパス」とか言う薬を飲んでいるのを見かけたことがあります。

2011年9月5日月曜日

対人恐怖とは何か?(6)

Q:そこらへんの文化的な事情はよくわかりませんね。急に話が難しくなった感じです。

A:ごめんなさいね。私の得意の知性化が出てしまいました。
Q:ところで先生の本を読んでいて、対人恐怖の人は著名人にも多い、というようなことが書いてありました。対人恐怖と言うと、病気で苦しむものという印象がありますが、ちょっと意外ですね。そこらへんをもう少しお聞かせください。
A:これはちょっと我田引水かと思いますが。つまり自分が対人恐怖だとそれは実は優れた素質なんだ、という風に言いたくなるというのが、私たち精神科医にはあるかもしれません。でもこの発想は、内沼先生の影響です。
Q:内沼先生、・・・・ですか?
A:その「・・・ですか?」の間合いが、「江」の上野樹里の言い方に似てますね・・・。まあともかく、私には対人恐怖のお師匠さんがいて、それがかつて帝京大学の教授だった精神科医の内沼幸雄先生なのです。
Q:内沼先生が対人恐怖というわけなのですか?
A:いや、そういう風に聞こえたとしたら間違えです。「対人恐怖学」のお師匠さんです。彼の名著「対人恐怖の人間学」を読んだことが、私が精神科医としていわゆる精神病理学を学ぶ出発点だったわけです。その本の中で彼が、三島由紀夫やサルトルやニーチェを引いて、彼らの文学にいかに対人恐怖的な心性が働いているかを論じたのです。

2011年9月1日木曜日

対人恐怖とは何か(5)

Q: 何となくわかったようなわからないような話ですね。結局対人恐怖は日本に特有なものではない、ということなのですか?

A: いい質問の向け方をしてくれました。私は結局次のような結論に至ったのです。アメリカ人も日本人も人といる時の緊張感は同じだろう。ただそこに文化的な影響がみられる。わかりやすく言えば、日本では対人恐怖でいることはある意味で許されるし、対人恐怖的なところが全くないとかえって不適応を起こすようなところがある。ところがアメリカでは対人恐怖的であるということは、社会生活上少しもいいことはないという違いがある、というわけです。
Q: もうちょっと具体的にお願いします。
A: うーん、例えば日本の新首相が、民主党の代表選の時の演説で、ドジョウの話をしたのをご存知でしょう?自分は金魚のように華はない。自分は泥の中にいる土壌だ。
Q: ドジョウ、でしょ?
A: そうそう、ドジョウだ、と言ったわけです。私は思わず笑ってしまいました。だってこれがウケて選ばれる要因になったなんて、ほかの国では信じられないからです。自分が地味であることをアピールするなんて、アメリカとかフランスではありえません。ところが日本文化ではこれがウケる。日本では自分はほかの人に引け目を感じています、自分は目立ちません、というメッセージは安心感を生む。ということは対人恐怖であるということは、どこか人が期待されている人物像、というところがあるんです。
Q: ということはアメリカでは対人恐怖であることはいいことは少しもない、と。
A: そういうわけです。だからその存在が否認し続けられてきたというのが真相ではないかと思うのです。ということは彼らにとっては1980年のDSMというのは大きな発想の転換、というよりは自らのありのままの姿を認めるきっかけになったといえるでしょうね。