2011年5月2日月曜日

診断面接の後半 嵐のような15~25分

診断面接は、後になるにしたがって、ますます「構造化」されていく、と数日前に私は書いた。つまりオープンクエスチョンは減っていき、クローズドクエスチョン、あるいはイエス、ノークエスチョンが増えていく。もっとひどいと、患者さん(今日はさんを付ける)が言いよどむ場合には答えを待たずに別の質問に移る。いささかマナー違反なこともしなくてはならないが、それはこの面接が、診断をつけるという目的を持ったものだからやむをえない。患者さんをせかせてもそれで憤慨させてしまわないだけのラポールをすでにつけておくことが前提だ。あるいはそのような矢継ぎ早の質問になっていくことをはじめにお断りしておく。そうすれば運よければ患者さんはジェットコースターに一緒に乗ってくれるのである。
さてなぜ15分目から25分目が嵐のようかといえば、時間がないからだ。最後の5分をあらかじめ予報しておくと、大嵐、である。なぜならMSEが待っているからだ(後述)。主訴と現病歴を把握する、という最初の15分と、大嵐の最後の5分間にはさまれた10分に、面接者は次のことをしなくてはならない。主訴以外の精神医学的問題がないかの探索、過去の病歴(既往症)、社会生活暦、家族暦、医学的な既往症のチェック、である。どうだ、忙しいだろう。最初の15分で患者さんの問題には大体当たりをつけてある。でも実はもっと大きな、あるいは決して無視できないことが起きていて、患者さんはそれを主訴に上げていない可能性がある。何しろ主訴は「主」訴であり、「副」訴ではない。(ちなみに「副訴」などという用語は聞いたことがない。)患者さんはあくまでも主訴を伝えることを最初の質問で要請されているに過ぎない。例え面接者が首尾よく患者さんのうつ病歴について大まかに把握し、過去に入院歴があるらしいこともわかり、またかつてそう状態になったことがないということまで把握していても、たとえば患者さんが長年アルコール引用を続けていて、そのために仕事を失っているというヒストリーがあったらどうだろう?アルコールの長期乱用はうつ病に大きく影響を与える以上、アルコール依存症という問題は無視できない。そしておそらく面接者が探りを入れる中でアルコールについてたずねない限り、患者さんのほうからそれを伝えるということは少ないのだ。面接者はここで悩む。出来れば過去の入院暦について、外来での治療暦について知りたい。それは患者さんの現病歴に深さないしは時間軸を与えるだろう。でも現在のほかの問題についてたずねるのは、現在の問題に更なる奥行き、平面軸上の広がりを与えてくれる。どちらに行くべきか・・・・。ここら辺はどの精神科のテキストにも書いていないことだが、私なら、既往症に行く前に、「副訴」(ないない)に探りを入れておく。なぜならそのほうがリスクが少ないからだ。もし過去の病歴について、たとえば10年前にはじめて精神科の外来を訪れ、5年前に第一回の入院歴があり、3年前に第2回の入院があり・・・・という話を聞いてから、「ではうつ病以外に何か精神科的な問題は?」と尋ねられた患者さんがアルコールの問題を持ち出した場合には、面接者は非常に焦りを覚えるだろう。それよりは17分の時点で「そうか、この患者さんにはうつ以外にも、アルコール依存があるのか。こりゃ大変だぞ」と覚悟を決めて、「では欝やアルコールの問題、あるいはそのほかのことで、初めて精神科におかかりになったのはいつですか?」とたずねたほうが時間が節約できるのである。
他の問題の探り方
「副訴」と使い続けるとクセになりそうなので、「他の問題」と言い換えよう。ここも時間を節約しながら、的確に聞いておきたい。
勧められない尋ね方。「今までうつの症状についてお聞きしましたが、他の問題、たとえば一気に食べ過ぎて、後で吐いてしまったりとか、しばらくの期間一切食べ物を口にしない、というようなことがありますか?あるいはひとつのことを繰り返して行ったり考えたりして、それが頭を離れないようなことはありますか。あるいは・・・・」
これをはじめると大変なことになってしまう。前者は摂食障害について、後者は強迫症状について聞いているのであるが、もちろん患者さんには専門用語を使うわけには行かないから、平易な言葉を使うしかない。するとこの路線で、PTSDとかパニック障害とか社交恐怖とか身体か障害とか、解離性障害などなどの神経症圏の病気について同じことをやらなくてはならない。そこで・・・・
あまり勧められないが、やむを得ない尋ね方
「先ほど精神科の先生におかかりになっているとお聞きしましたが、診断名についてはお聞きになっていますか?たとえばうつ病以外には何かお聞きになってはいませんか?」
もちろん患者さんが精神科にかかっていない場合にはこの手は使えない。そこで次のような質問をすることもありである。
「精神科にはうつ病以外にもさまざまな問題があります。いかがでしょう、時々不安に襲われたりパニックになったりしたことはありますか? あるいはひとつの習慣がやめられなくて困ったりしたことはありますか? 考えや行動がとめられなかったり、習慣がやめられなかったり・・・・」
不安に襲われ、パニックになる、という表現は実は不安性障害一般を広くカバーする。パニック発作やPTSDに悩む人はすぐにピンと来て肯定するだろう。また習慣に関する問いも、過食嘔吐や買い物依存や、DVやアルコール依存やパチンコ中毒など、あらゆる障害を持つ人がピンと来る聞き方だ。もしそれでアルコール依存の既往が聞けなかったらって?You gave it a try anyway. That’s enough.
ところでここまで書くと、次のような疑問の声が聞こえてきそうだ。「いろいろ探りを入れていても、肝心の統合失調症について聞いていないではないか?」
もちろんそのとおりだ。統合失調症を疑うならそれに則した質問をすればいい。しかし統合失調症の既往があるかどうかは、大体この時間帯になるとおのずとわかっているのである。あえて聞かなくてもいい。どうせ最後の大嵐の5分のMSEで聞くことになるのだ。「ところで現在、あるいは過去に誰もいないのに人の声が聞こえてくる、という体験をお持ちですか?」