2017年10月17日火曜日

精神分析をいかに学んだか 4

あるいはクライン理論。メラニー・クラインの中にはかなり激しい怒りがあったことがうかがえます。怒りはしばしば自分の弱さや小ささを自覚させられたり、人に指摘されたりすることで誘発されます。これはコフートの言葉では自己愛憤怒です。しかしクラインにとっては怒りをプライマリーなものにすることで、自分の恥の部分の存在を認める必要はなくなります。
以上の二つは思い付きで、最近どこかで行った自己愛の講演の影響がまだ頭になるから出てきた言葉です。もっといい論じ方があるかもしれません。 
さて、何を脱学習するか?
ここで私は二つの点についてお話します。
一つはやはり理論にとらわれないということです。このことについて、精神分析の世界で起きていることを一つお伝えします。それは従来の理論にとらわれない、ということが倫理的な姿勢として唱えられているということです。これは皆さんもにわかには信じがたいでしょうね。フロイトの時代には治療原則を守るということが正しい道だったのですが、今やさまざまな理論を考えに入れよ、ということが言われているようです。これはもう少しはっきり言うならば「フロイトの言ったことにこだわるな?少なくともそれにより臨床を犠牲にしてはならない」ということです。この経緯についてはいろいろ論じていますが、ここでももう一度紹介しましょう。
 フロイトは精神分析の治療技法としてまとめたものとしては、に匿名性、禁欲原則、中立性の三原則として論じられることが多い。またそれ以降の精神分析的な理論の発展の中で、転移解釈の重要性が唱えられた。精神分析の草創期には、これらの原則や技法が順守されることと治療者が倫理的であることに区別はなかったといえる。なぜなら正しい技法を用いることが患者の治癒につながると考えられたからだ。しかし当時は分析家と患者が治療的な境界を超えて親密な関係に陥るケースは後を絶たなかったが、フロイトはそれを厳格に戒めることはなかった。
やがて米国では196070年代を経て、そのような倫理観に変化が生まれた。精神分析の効果判定に対する失望や境界パーソナリティ障害の治療の困難さを通して、分析的な技法を厳格に遵守するという立場よりも、実際の精神分析の臨床場面でそれをどのように柔軟に運用するのかというテーマへ臨床家の関心が移行したからである。フロイト自身は実際にはそれとはかなり外れた臨床を行っていたという報告(Lynn, 1998など)もその追い風になった。またオショロフVSチェスとナットロッジの裁判を通じて、精神分析がその方針や利点、そしてそれによる負荷 burdern を明確に示す必要が生じたのである。岡野はそのような流れを、分析的な「基本原則」から臨床上の「経験則」への変遷として論じた。たとえば「転移の解釈は、それが抵抗となっているときに扱う」(グリーンソン)というような分析療法を進める上での教えがその例であろう。
米国精神分析協会による倫理綱領(Dewald, Clark, 2001)はそのような流れを反映したものと言える。そこには「フロイトの基本原則を守り、正しい精神分析療法を施しなさい」と書いてはいない。むしろ
●自分が訓練を受けた範囲内でのみ治療行為を行う。
●理論や技法がどのように移り変わっているかを十分知っておかなくてはならない。
●分析家は必要に応じて他の分野の専門家、たとえば薬物療法家等のコンサルテーションを受けなくてはならない。
●患者や治療者としての専門職を守り、難しい症例についてはコンサルテーションを受けなくてはならない
などの項目が見られるのである。これらの倫理的な規定はどれも、技法の内部に踏み込んでそのあり方を具体的に規定するわけではない。むしろ分析家は治療原則をむしろ柔軟に応用する必要を示しているのだ。中立性や受身性も、それにどの程度従うかは個々の治療者がその時々で判断すべき問題となる。すなわち「基本原則」の中でも匿名性や中立性は、「それらは必要に応じて用いられる」という形に修正され、相対化されざるを得ない。
 ただし「基本原則」の中で禁欲原則については、それを治療者に当てはめたもの、すなわち「治療者側は治療により自分の願望を満たすことについては禁欲的でなくてはならない」とするならば、それはまさに倫理原則そのものといっても過言ではない。結局上に述べた「経験則」のほうは関係性を重視してラポールの継続を目的としたもの、患者の立場を重視するもの、といえるが、それは倫理的な方向性とほぼ歩調を合わせているといえる。倫理が患者の利益の最大の保全にかかっているとすれば、「経験則」はいかに患者の立場に立ちながら分析を進めるか、ということに向けられているといってよい。
ここで述べていることは、比較的消極的である。ここからは私自身の脱学習の成果を述べたいと思います。


2017年10月16日月曜日

精神療法と倫理 推敲 ④

米国心理学会の動向

精神療法における倫理を考える上で一つの参考になるのが、米国心理学会の動きである。米国においては精神分析に先駆けて1950年代にはethics code 倫理原則を作成する動きが生じていた。
これは第二次大戦で臨床に多く携わった結果として生じたことである。その結果であった倫理上のジレンマがその動因となった。現在では9回改訂されているという。
最近の倫理原則の設定には、治療原則に盲目的に従うことに対する戒めが加わっているのが興味深い。例えば米国心理協会の倫理則のIntroduction and Applicability には、 (1) allow professional judgment on the part of psychologists,専門家としての判断を許容する。(2) eliminate injustice or inequality that would occur without the modifier, 起きうるべき不正、不平等を制限する(3) ensure applicability across the broad range of activities conducted by psychologists, or 広く応用可能なものとする。(4) すぐに時代遅れになってしまうような頑なな規則に警戒する guard against a set of rigid rules that might be quickly outdatedとある。
  
関係性精神分析における技法と倫理性
以上の議論を踏まえたうえで、現代的な精神分析理論、特に関係精神分析における技法論について論じてみよう。
 精神分析はこの半世紀の間に実に様々な技法論を生み、多種多様な理論的立場が提唱されている。このことは、技法論の一元的なテキストを編むことをますます難しくしているといっていいだろう。また立場によっては技法の持つ意義に対する根本的な疑問すら唱えられている。たとえばいわゆる間主観性理論の立場や関係精神分析においては、技法を越えた治療者と患者の関係性の持つ治療的な意義に重点が置かれる傾向にある。そのような空気の中で、精神分析的な技法論という大上段に構えた著作は影を潜め、精神分析的なかかわりの持つ技法以外の側面が強調されるようになったのである。
  現在の精神分析においては、一般に分析状況における技法を超えた治療者と患者のかかわりや出会いの重要性がますます強調されるようになってきている。ボストングループではそれを、暗黙の関係性の了解 implicit relational knowing, 出会いのモーメントmoment of meeting などと称している( 14 )Renik (13) によれば、治療関係はいつも、目隠しをして飛行をしているようなもので、何が有益だったかは、あとになってわかるようなものであるとする。
 これらの議論は精神分析が技法を学ぶことによりマスターされるといった見方から、より臨床経験を積み、また自らの教育分析の経験を役立てることの意義が問われるといってよいであろう。それは先ほどの分類で言えば「基本原則」からのますますの乖離であり、またそれぞれの立場からの経験値の蓄積、すなわち「経験則」の積み重ねということも出来る。
倫理性の問題は、関係精神分析における関係論そのものの基本概念ともつながる。関係精神分析の立場にあるHoffman, I 7)によれば、技法について論じることは、治療における弁証法的な両面の一方に目を注ぐことにすぎないことになる。彼によれば精神分析家の活動には、「技法的な熟練」という儀式的な側面と、「特殊な種類の愛情や肯定」という自発的な側面との弁証法が成立しているという。この理論に従えば、技法は、分析家の行う患者とのかかわりの一部を占めるに過ぎないことになる。
 彼の主張によれば、分析家が技法を用いることに伴う権威主義は、もう一つの側面、すなわち分析家もまた患者と同じく死すべき運命にあり、患者と同じ人間である、というもう一つの側面を併せ持つことにより意味があるという。その意味で、分析家のかかわりは、結局は患者が幼少時に持つ事が出来なかった母親との関係の代用に過ぎないという側面を持つことになる。彼の文章を引用しよう。

しかし私たちは分析家が限られた予定時間内の料金による関係の中で、早期の情緒的な剥奪を補ってくれることをどの程度期待出来るのであろうか? それは実際に、現実の世界における誰かとの良好で親密な関係の、まさに不出来な代用でしかないようであり、ましてや神との信頼すべき関係のようなものではないのは言うまでもない。そして確かに精神分析には、支払う側の方が支払われる側よりも援助を必要としかつ傷つきやすいという側面があり、それは最適とは言えず、有害で搾取的でさえあるという言い表し方も無理からぬ側面がある(中略)。しかしその不満で頭がいっぱいになっている患者は、おそらく分析の外で親密な関係を築く上でも同様の不満を持つことで、ハンディキャップを負っているであろう。結局それらの親密な関係も、両親像との早期の理想的な結びつきの空想にはかなわない限り、不出来な代用として経験されるであろう。こうして分析的な関係の持つ目を覆うべき限界にもかかわらず、その価値を評価して高めていく方法を見つけられる患者は、他の関係性についても、それを受け入れて最大限に活用したりするためのモデルを作り出していくであろう。(ホフマン「儀式と自発性」第一章)

つまり精神分析における治療者患者関係は、それ自体が、分析家の権威主義に抗する形での平等主義を内在化したものとして説明される。分析家の態度が権威により引っ張られる傾向にある分だけ、分析家自身の持つ倫理性はより大きな意味を持つということになる。ただしこのことは、分析家の技法を用いる態度を否定するものではない。分析家という専門技能を有し、それを用いることに伴う権威は、むしろ分析家の人間としての側面が治療的な意味を持つためには必要な要素と言えるだろう。



2017年10月15日日曜日

日本における対人ストレス 推敲 ③

 ここで思い出されるのは、土居健郎の甘え理論の発端となった彼の異国体験の例である。「甘えの構造」(1971)の冒頭部分で、彼は次のようなエピソードを紹介している。彼は米国である家に招かれた際、「あなたは空腹ですか? アイスクリームがありますが」と問われた。彼は実際は空腹だったが、遠慮して「空いていない」、と答えた。そしてもう一度勧めてもらうのを期待したのだ。しかし相手は「あ、そう」と言ったきり、なんの愛想もなかったという。土居はこの時、アメリカ人にこちらの気持ちを汲んでほしかったのだ。当然日本での人間関係ではそうするのであるが、そのやり取りが米国では生じない。このことが彼を甘えの考察へと導いた。土居はこのくだりを描いた際に細かい分析をしていないが、私がもしするとしたら、先ほどの「海外に出ることで解放感を味わった人々」と裏表の現象として理解する。相手が何を欲しているかの読みあいは、時には喜びを生み、時にはストレスを生むのである。そのストレスとなる場合の方を考えよう。
相手が痛みを感じているとする。米国人も日本人も、相手の痛みを感じ取るところまでは同じだ。しかしそこから違うのが、相手がそれをどのように望んでいるかを米国では読んでもらうことを期待しないのに、日本においては、それを期待され、それに応えるようにして「読む」ことになる。しかしこれは出口のない展開を見せてしまう場合が少なくない。「相手が読んでいるかを読む。」「相手が読んでいるかを読んでいるかを読んでもらう。」・・・・・。日本におけるコミュニケーションのパターンはこれなのだ。そしてこれは甘える、甘えられるという関係に似ている。「相手にこちらの気持ちを分かってもらうことを期待する。」「わかって欲しいと期待している気持ちをわかる」「わかって欲しいと期待している気持ちをわかってもらうことを期待する」…。これは無間地獄である(大げさだ)。
贈り物だって似ているぞ。「つまらないものですが」ってどうなんだろう?「あなたは欲しいでしょう?だから持ってきました。でも捨ててもいいんですよ。どうせつまらないものですから。」 相手が贈り物を迷惑がって捨てたい場合を想像して気遣っている。「あなたはピアノが習いたいんでしょう?だから申し込んであげた。」 というのも全く同じ、という気がする。少し脱線してきたな、。でも相手にこちらの欲していることを読んでもらうのは心地よい。でもそれは私が何を欲しいかを押し付けられることでもある。おもてなしは攻撃的でもある。

甘えと相互の心の読みあい mutual mind reading


ここで甘えの問題を少し論じることにしよう。その目的は、上に示したような相互の心の読みあいは、甘えの根本に根差しているということを示すためである。すでによく知られているように、土居は「甘えの構造」の中で、甘えが特殊な形での依存であり、西洋の言語にはそれに相当するものがないこと、それは甘える側が受身的な姿勢を保ちながら相手をコントロールするという事実について論じた。そこで大事なのは、子供が甘えるとき、親も実は身代わり的に甘えを体験しているということである。甘えは相手からの愛を引き出すが、そこには相手の側の甘えニーズに訴えかけるからだ。土居はこれをフェレンチやバリントが述べた「受身的対象愛 passive object love」に近いものとして論じたのである。この受身的対象愛は、愛されたいという欲求を他者に示すことであり、そこに愛するという能動的な対象愛との違いが強調されているのだ。そしてフェレンチやバリントがこれを自らの文化における母子関係を想定しながら論じていたことからもわかるとおり、甘えに基づく関係性は、実は万国共通なものであるはずだ。そしてそれは少し考えれば当然なことである。赤ん坊は自らの欲求を伝えられない。最初はその存在すら了解していないだろう。赤ん坊が空腹で泣くとき、母親は赤ん坊がおっぱいを欲しがっているのだと想像して赤ん坊に差し出す。満腹になった赤ん坊が母親に微笑みかけるとき、母親は微笑みかけてほしい、愛されたいという子供の願望を想像する。それもまた母親の側の mind reading であるとするならば、それが存在しない母子関係はいかに寂しいものだろう。
同様の母親の機能は、ウィニコットの論じた、母親の幻想を維持する機能にも描かれている。子供は空腹なときにおっぱいを幻覚として体験する。するとそこに実際に差し出されたおっぱいは、子供にとっては自分が想像したものであるという錯覚 illusion が生まれるとウィニコットは説明する。そしてその場合に不可欠なのが、母親が子供に向ける mind reading なのである。これは土居が論じた甘えの関係と考えていい。ウィニコットが土居の甘え理論を知ったなら、わが意を得たりと思ったに違いない。
  すると最大の疑問がここに生じる。日本社会に見られるような甘えを基盤にした人間関係は、なぜ西欧では社会的な関係としては存在しにくいのだろうか? しかし本稿ではこの問題を扱うことを目的としていない。むしろ甘えの関係が生むストレスについてさらに考えることにする。

2017年10月14日土曜日

脳と心を分けたがる人たち 推敲

●脳と心を分けたがる自分に、「快、不快」を問いなおす

「快の錬金術」という本を上梓した。すると同僚から「また脳の本ですね?」と言われてしまう。「それにしても、人はどうして脳と心をこんなに分けたがるのだろう?」と私は思ってしまう。
 先日あるところで「脳科学と心理療法」という講演を行った。そこでは最近の脳科学的な知見が無意識の概念にどのような影響を与えるか、などについて話した。すると後の情報交換会で、参加者の中からこのような声を聞いた。「精神分析の話しか聞いたことのなかった先生がいきなり脳の話をしたのでびっくりしました。」これを聞いて「えっ?」と私は思う。しかし同時に「なるほど」とも思う。心の問題(たとえば精神分析)を語る人間が、同時に脳を語ることにはこれほどの違和感が伴いかねないのだ。あたかも心を語る人と脳を語る人が別々の考え方を持つ人々であるかのような印象を与えるらしい。しかしなぜだろう? 人はどうしてそこまで脳と心をわけるのだろう? しかしそういう私もやはり同じ過ちを犯していることが最近判明した。その私自身の例を示そう。
3年ほど前に死生観についての講演を行ったとき、私は森田正馬の最後の様子について読む機会があり、興味を持った。森田正馬といえば、かの森田療法を創出した人だが、その今際の時の様子について次のように伝えられている(原典は省略する)。
「森田正馬は,死をひかえた自分自身の赤裸々な姿を,生身の教材として患者や弟子たちに見せることによって,今日言うところのデス・エジュケーションをおこなった人である。彼は1938年に肺結核で世を去ったが,死期が近づくと,死の恐怖に苛まれ「死にたくない,死にたくない」と言ってさめざめと泣いた。そして病床に付き添った弟子たちに「死ぬのはこわい。だから私はこわがったり,泣いたりしながら死んでいく。名僧のようには死なない」と言った。いまわの際には弟子たちに「凡人の死をよく見ておきなさい」と言って「心細い」と泣きながら逝ったと伝えられている。
 これが本当に彼の最後の姿だろうか? 森田がその人生をかけて取り組んだ死生学は、実際の死の恐怖を前にして何の意味を持たなかったのだろうか? そうだとしたら森田のそれはまがい物だったのだろうか、とまで思ったものである。「死ぬ瞬間」などの著作で有名な、エリザベス・キュブラーロスでさえ、死ぬ直前には決して穏やかではなかったと伝えられる。先人が到達したはずの諦念や死生観とは、所詮そんなものか、と思っていたのである。
この問題を考え直すヒントになったのは、先日見たNHKのドキュメンタリーである。平成29918日に放映されたNHKドキュメンタリー「ありのままの最期 末期がんの“看取り医師” 死までの450日」は、末期の膵臓がんで余命わずかと宣告された田中雅博氏(当時69)のドキュメンタリーである。彼は医師として、そして僧侶として終末期の患者に穏やかな死を迎えさせてきた「看取りのスペシャリスト」だ。これまで千人以上を看取った田中さん自身の「究極の理想の死」までの道のりを記録しよういうのが番組スタッフの意図であり、もちろん田中医師も快諾した。しかし実際の死が近づくと、それまで落ち着きを保ち、自分の死に泰然自若としていた田中氏から余裕の表情が消え、何かにおびえたようになる。自分の立ち上げた懇談会に最後まで出るといっていた彼が、直前になって「帰る」と言い出し、介護をする奥方に「眠らせてくれー」と駄々をこねるように繰り返す。穏やかで眠るような死を迎えることを誰もが予想していた田中氏の死は、それとは随分異なる姿となった。私は「彼もまたそうだったのか・・・」そう思いかけたときである。しかし常に夫に付き添って看病をしていた、医師でもあり見取りのスペシャリストでもある奥方の言葉が、私には決定的な意味を持っていた。
「もう譫妄が始まっている・・・」。
これで私の考えはひっくりかえってしまった。そうか、それを忘れていた。私も脳と心を分けていたのだ。
譫妄とは、人が代謝異常などにより脳の正常な機能を損なわれた結果生じる、妄想や幻覚、不安や恐怖を伴う意識障害のことである。つまり田中氏の脳は明らかに通常の機能を失い、精密機械の歯車が逆回転しだしたような、激しい症状を呈することがある。それが田中医師にそれまでとは人が代わったような様子を呈していたのである。
私は頭ではよくわかっているつもりである。人間の脳はある意味で作品なのだ。多くの経験を積み、知識を蓄え、磨き上げられた、いわば花瓶のような芸術品なのである。見事にくみ上げられたコンピューターのプログラムにたとえてもいい。そしてふとしたことからヒビが入ったり、バグが生じて著しく損なわれ、無に帰してしまったとしても何の不思議もない。森田正馬も田中医師も、その脳は、そして心は死の直前には以前の姿を留めていなかったのだ。それなのに私は、「彼らは本物ではなかったのか?」などと考えていた。愚かしい話だ。やはりどこかに私は心は物質を超えた崇高なものと思い込んでいたらしい。
「心とは魂であり、それは物質を超越したものである。」すごく納得がいくような表現だ。でも物質を超越したはずの心は、少しでも血流が途絶えたり、アンモニアが増加したり、あるいはそのほんの一部を切除しただけでまったく別の姿を現したりする。物質を超越した心を考えることはどう考えても無理なのである。それなのになぜ私たちは心を脳から分けておきたいのか?
私は一応この問いについては次の様に理由付けしている。人は死が怖い。死を自分で体験することは決して出来ない。(いわゆる「臨死体験」はアヤしいと考えている)。そして死は未知であるからこそ不安を掻き立てるものである。心が物質を基盤とする以上のものでなければ、意識を支える物質的基盤である脳が滅ぶことで、心の消失は確定してしまう。それではどうしても困るのだ。それにどう考えても、私にとって両親は、小此木先生は記憶の中で生きていて話しかけてくれるのだ。そしてそれを外に投影してしまう。彼らが生きているのではなく、私が生きているだけなのに。結局「脳と心は別物である」、と考えるよりは、「脳と心は別物であるということを忘れがちなのは人間の性(さが)だ」と考える方が無難かもしれない。
「快の錬金術」を書いている最中に、私はこの心と脳の問題を常に考え続けていたといっていい。それは脳と心をつなげては切り離す、そしてつなげる、という作業でもあった。快、不快は心と脳を直結させる体験なのだ。私たちの味わう心地よさや苦痛は、心の存在をもっとも直接的に反映しているものと考えていいだろう。私たち、と言ったが実は人間よりはるかに下等な生物全体にいえることだ。その中枢神経に見られるドーパミン系のニューロンが快感には常に伴う。C.エレガンスという下等な線虫にさえ存在するドーパミン系。そこから生まれる快感に基づき、線虫も私たち人間も捕食し、生殖活動を営む。心と脳の対応関係を生む最小単位は、ドーパミン系(脳)と快(心)だと私は考える。
「われ快を味わう、ゆえに我あり」ということだろう。


2017年10月13日金曜日

精神療法と倫理 推敲 ③

精神分析における倫理の問題

精神分析の世界における倫理の問題については別の論考で考察を加えている。
そこでの骨子を述べるならば、以下のとおりである。
フロイトは精神分析の基本規則として、まず患者の側の「自由連想」および「禁欲規則」を挙げた。それらは後に匿名性、禁欲原則、中立性の三原則として論じられることが多いが、彼の時代においては倫理的であることはこれらの治療原則を守ることと同等だった。なぜなら正しい技法を用いることが患者の治癒につながると考えられたからだ。しかし当時は分析家と患者が治療的な境界を超えて親密になるケースは後を絶たなかったが、フロイトはそれを厳格に戒めることはなかった。
やがてフロイト以降の技法論にはある変化が生じた。それは精神分析の効果判定や境界パーソナリティ障害の治療などを通して、フロイトの技法を厳格に遵守するという立場よりも、実際の精神分析の臨床場面でそれをどのように柔軟に運用するのかというテーマへ臨床家の関心が移行したからである。フロイト自身は実際にはそれとはかなり外れた臨床を行っていたという報告(Lynn, 1998など)もその追い風になった。たとえば「転移の解釈は、それが抵抗となっているときに扱う」(グリーンソン)というような分析療法を進める上での経験則が論じられるようになった。この「経験則」は時には「基本原則」との齟齬すら生じる。またオショロフVSチェスとナットロッジの裁判を通じて、精神分析がその方針や利点、そしてそれによる負荷 burdern を明確に示す必要が生じたのである。そしてそれらの流れの中で米国精神分析協会による倫理綱領(Dewald, Clark, 2001)を一つ一つ読むと、それが反映されていることを感じる。倫理規定は決しては、「フロイトの基本原則を守り、正しい精神分析療法を施しなさい」ではない。むしろ●自分が訓練を受けた範囲内でのみ治療行為を行う。●理論や技法がどのように移り変わっているかを十分知っておかなくてはならない。●分析家は必要に応じて他の分野の専門家、たとえば薬物療法家等のコンサルテーションを受けなくてはならない。●患者や治療者としての専門職を守り、難しい症例についてはコンサルテーションを受けなくてはならないなどの項目が見られるのである。これらの倫理的な規定はどれも、技法の内部に踏み込んでそのあり方を具体的に規定するわけではないということである。これらのことは分析家は治療原則をむしろ柔軟に応用する必要を示しているのだ。中立性や受身性も、それにどの程度従うかは個々の治療者がその時々で判断すべき問題となる。すなわち「基本原則」の中でも匿名性や中立性は、「それらは必要に応じて用いられる」という形に修正され、相対化されざるを得ない。
 ただし「基本原則」の中で禁欲原則については、それを治療者に当てはめたもの、すなわち「治療者側は治療により自分の願望を満たすことについては禁欲的でなくてはならない」とするならば、それはまさに倫理原則そのものといっても過言ではない。結局上に述べた「経験則」のほうは関係性を重視してラポールの継続を目的としたもの、患者の立場を重視するもの、といえるが、それは倫理的な方向性とほぼ歩調を合わせているといえる。倫理が患者の利益の最大の保全にかかっているとすれば、「経験則」はいかに患者の立場に立ちながら分析を進めるか、ということに向けられているといってよい。


2017年10月12日木曜日

日本における対人ストレス 推敲 ②

外国体験により解放される日本人たち

日本という国民性がどのような形で個人にストレスを与え合っているかを知る上で非常に参考になるのが、長期の外国滞在を体験した人たちの感想である。彼らのうち何人かが伝えているのは、海外に出ることである種の緊張感から解放され、伸び伸びと過ごすことが出来たという体験である。彼らの滞在先は概ね英語圏であるが、米国、カナダ、英国、オーストラリア、フィリピンと多様である。しかしいずれも対人間の煩わしさが少ないことに多少なりとも驚いたという。ある自傷を繰り返す20代の女性は、3か月間の米国滞在の間に一度も自傷が起きなかったという。彼らは特に英語が流暢とは言えず、日常生活におけるコミュニケーションで少なからず不自由さを体験していたはずである。しかし彼らが語るのは、「外国に出ると、人がどう思っているかをいちいち考えなくてもいい。」という体験である。そしてその理由を問うていくうちに、「彼らがそもそもこちらのことを気にしていないから、こちらが彼らのことを気にしないでも良いということがわかった」とのことである。もちろん彼らは外国人として他人からの注視を浴びるだろう。しかしその注視は、「気を使っている」注視ではない。おそらく自分のパーソナルスペースを侵してこないか、という意味での注視だ。そしてそうでないとわかると、注視をやめて、自らの関心事へと戻る。彼らは、「この人は自分に何をして欲しいと望んでいるのだろうか?」という目でこちらを見ているわけではない。「もし必要ならそういってくるだろう(自分だったらそうするだろう)」ということを暗黙の前提としている。そこにあるのは、憶測や想像力を働かせず、またその必要もないという考えである。想像力はエネルギーを使うし、誤解も多い。特に多民族国家では自分が必要なものを相手に暗に伝えるという想定はない。異郷で一人ぼっちでいることは一方では心細く、こちらのニーズを読んでもらえないことはつらいであろう。しかしその関係は互いのニーズを読みあう社会society of mutual mind-reading にはないある種の開放感を与えてもくれるのである。

2017年10月11日水曜日

精神分析をいかに学んだか? 3

脱学習とは
ここで脱学習という概念に触れておかなくてはなりません。ヘレンケラーは、私は大学で沢山学んだが、そのあと沢山unlearn 学びほぐさなくてはならなかった。さてこの脱学習の難しさは何か。誰も教えてくれない。教えられたならば、その教えてくれた人をlearn するだけになってしまう。結局学びほぐす時は全くの一人なわけです。でもそれをやらないと自分になれない。その意味では最も楽しく、また最も難しいのが、この精神分析の脱学習ということだと思います。
そこで学びほぐしについて。この絶妙な表現は鶴見俊輔のものであるという。鶴見氏はこんな体験を持ったという。戦前、彼はニューヨークでヘレン・ケラーに会った。彼が大学生であることを知ると、「私は大学でたくさんのことをまなんだ(ラーン)が、そのあとたくさん、まなびほぐさ(アンラーン)なければならなかった」と彼女は言ったという。彼の頭には、型通りにセーターを編み、ほどいて元の毛糸に戻して自分の体に合わせて編みなおすという情景が想像されたという。実は2006年12月27日(水曜日)朝日新聞(朝刊)13面「鶴見俊輔さんと語る 生き死に 学びほぐす」という記事があったらしい。実はこれをネットで手に入れたが、ヘレンケラーの話は直接は出てこなかったからこれをソースにするわけにはいかない。でもともかくもほぐす、という彼の訳語はこの毛糸のイメージから来ていると思えばわかりやすいわけだ。
学びほぐしが必要な決定的な理由
この点は特に強調したいと思います。どの理論を学ぶにしても、その理論はその論者が隠したいこと、防衛したいことを反映している可能性があります。(そういう私も実はそうしているかもしれません。)フロイト自身の理論にもクラインの理論にも、盲点があり、防衛としての側面があるからです。こう考えると理論には必ず脱学習すべき点が隠されているといっていいでしょう。
では理論は何を隠ぺいするのでしょうか? それが一番隠蔽している可能性が高いのが、理論を唱える人自身の自己愛の問題です。もう少し詳しく見てみましょう。フロイトは精神病理の根幹に抑圧された性愛性を考えた。それが人を衝き動かしたり、症状を形成したりしていると考えた。これ自体は仮説としては十分あり得ます。当時の時代性を考えると、画期的、というよりものすごく革新的だったと言えます。でもそれと同時にフロイトがある種の真実を発見し、世界をあっと驚かせてやろうと考えた、野心的で自己愛的な部分はどこに絡んでくるでしょうか? それは精神(病理)の根幹とは言えないでしょうか? しかしフロイトはそのようなあまりに人間的で世俗的なことは表立って論じる気にもならなかったのです。それは彼のプライドが許さなかったと言ってもいいでしょう。
あるいはクライン理論。メラニー・クラインの中にはかなり激しい怒りがあったことがうかがえます。怒りはしばしば自分の弱さや小ささを自覚させられたり、人に指摘されたりすることで誘発されます。これはコフートの言葉では自己愛憤怒です。しかしクラインにとっては怒りをプライマリーなものにすることで、自分の恥の部分の存在を認める必要はなくなります。
以上の二つは思い付きで、最近どこかで行った自己愛の講演の影響がまだ頭になるから出てきた言葉です。もっといい論じ方があるかもしれません。