2017年9月23日土曜日

Passivity, Non-expression and the Oedipus in Japan

  
 書きなおしてみた。今度はうまく行くかなあ。

The purpose of this paper is to discuss the Oedipal issue among the Japanese. Before elaborating on this topic, I would like to mention some of the characteristics of the Japanese that are rather antithetical to the Oedipal manifestation of capacity and power. Japanese culture is often noted for its passivity, secretiveness and non-expression in various social contexts. What is hidden and obscure tends to be given a deeper meaning than what is external and eye-catching. In his work “In Praise of Shadows,” Tanizaki (1934) describes the Japanese inclination to give aesthetic value to “darkness seen by candlelight.” Japanese culture has more affinity to “penumbra” (a partial shadow), the opposite of the “too-much-light-explicit false-self world” (Abram, 2016).
This inclination of the Japanese mind toward passivity and non-expression coincides with my own trans-cultural experience. During my extended stay in the United States, I had many chances to see American family members hugging and kissing each other in airport lobbies when they were reunited or departing. Some of my American friends were puzzled to see Japanese family members showing very little emotion in these situations. Some Japanese would say, however, that overt shows of affection, such as hugging and kissing, as well as verbal expressions such as “I love you” or “I’m proud of you” strike them generally as too blatant and conspicuous, sometimes to the point of being empty and ritualistic.

Another poignant example that may well depict the above-mentioned Japanese characteristics is Japanese people’s behaviors in group situations. They tend to be very quiet and keep a low profile in situations such as lectures and discussions at universities, while students from different countries are rather more assertive and expressive. Quite often, Japanese students are mistaken as subdued and dejected in these situations. (以下略)

2017年9月22日金曜日

第10章 トラウマと精神分析 (2) ③

構造的解離理論の立場 
ここに述べたジャネの理論を基本的に踏襲しつつ、最近新たに理論的な展開を試みているのが、いわゆる構造的解離理論の立場である。いわばジャネ理論の現代バージョンというわけであるが、この理論についても簡単にみてみよう。オノ・ヴァンデアハート、エラート・ナイエンフイス、キャシー・スティールの3人はジャネの理論を支柱にして、解離の理論を構築した(24)が、その骨子は、人格は慢性的なトラウマを被ることで構造上の変化を起こすというものである。健常の場合には心的構造の下位システムは統合されているが、トラウマを受けることでそこに断層が生じる。それにより心的構造は、トラウマが起きても表面上正常に保っている部分(“ANP”)と、激しい情動を抱えた部分(“EP”)に分かれるとする。そしてトラウマの重症度に応じてそれぞれがさらに分かれ、人格の構造が複雑化していくと考えるのである。
 彼らの主著「構造的解離理論」(24)はかなり精緻化された論理構成を有する大著であるが、そこで問題となっているトラウマは、結局は明白な「対人トラウマ」(以下に記述する)いうことになる。彼らは解離性障害をトラウマに対する恐怖症の病理であるととらえているが、そのトラウマとして挙げられているのは性的、身体的外傷、情緒的外傷、情緒的ネグレクト(無視、放置、育児放棄)である。そしてそれらを知る上でのツールとして彼らが第一に用いるのが、「トラウマ体験チェックリストTraumatic Experiences Checklist(18).というものだが、これは上に列挙したトラウマが、いつの時期に、どれほど続いたかを記入するといった形式をとる。その前提となっているのは、やはり明白なトラウマの存在が解離の病理を引き起こしているという「常識」であると言わざるを得ない。
DIDと幼児期のトラウマとの関係
1970年代になり解離性障害が注目されるようになって以来、解離性障害の研究や治療に携わってきたエキスパートたちは、その原因として、幼少時の性的ないし身体的虐待などのトラウマを唱える傾向にあった。リチャード・クラフト、コリン・ロッス、フランク・パットナムなどはその例である (23)。彼らの研究によれば、DIDの患者の高率に、性的、身体的虐待の既往が見られるという。最近の欧米の文献ではこれらのトラウマやネグレクトを合わせて「対人トラウマinterpersonal trauma」と表現するようになってきているので、本稿でもこの用語を用いることにする。対人トラウマが解離性障害の原因である、というとらえ方は、以降精神医学におけるひとつの「常識」となった観がある。(ちなみにこの概念と、以下に述べる筆者自身の概念である関係性のトラウマrelational trauma との混同には注意が必要である。)
1980年代にDIDの研究のカリスマとして登場したクラフトはいわゆる「4因子説」(14)を提唱した。それによると第1因子は、本人の持って生まれた解離傾向であり、第2因子は対人トラウマの存在、第3因子が「患者の解離性の防衛を決定し病態を形成させるような素質や外部からの影響」であり第4因子は保護的な環境の欠如ということである。すなわちクラフトの理論では対人トラウマがDIDの原因として重要な位置を占める。またブラウンとサックスによるいわゆる3 P モデル(7)でも、準備因子、促進的因子、持続的因子のうち促進的因子として親からの虐待等が含まれる。さらにロスの四経路モデルもよく知られるが、それらは児童虐待経路、ネグレクト経路、虚偽性経路、医原性経路であり、そのうち中核的な経路である児童虐待経路が対人トラウマに相当する。このようにこれらのエキスパートの論じた成因論には対人トラウマが解離性障害の主たる原因として登場するが、母子間の微妙な感情的、言語的なズレから来るストレスについての言及はなされていないのである。
解離性障害の原因は愛着障害なのか?

ところで最近になり、上記の解離性障害に関する「常識」にある異変が起きている。解離性障害の病因として患者の生育環境における母子関係の問題が最近検討され始めているからだ。特に親子の間の情緒的な希薄さやミスコミュニケーション等を含んだ愛着の問題が注目されているが、この問題はこれまで主流であった対人トラウマに関する議論に隠れてあまり関心が払われずにいた。昨秋日本を訪れたパットナムもその講演の中で養育の問題が解離に与える影響について何度か言及していたのが記憶に新しい。
 解離性障害と愛着障害を最初に結び付けて論じたのはピーター・バラック(4)とされる。彼は養育者が子供をネグレクトしたり、情緒的な反応を示さなかったりした場合に、その子供は慢性的に情緒的に疎遠となり、それが解離に特有の無反応さemotional unresponsiveness に結びつくと論じた。
 リオッティは子どもが情緒的な危機に瀕した時に、愛着反応が活性化されるという視点を提供している(15, 16)。そしていわゆる「混乱型愛着」がDIDに幼少時に見られる傾向にあること、そしてその幼児期の混乱と将来の解離がパラレルな関係にあるという説を提唱した。リオッティによると、不安定で混乱したタイプDの愛着により、自己と他者に関する複数の内的なワーキングモデルが存在することが、DIDの先駆体となるという。これはボールビィ (6) が述べた、養育者の統合されていない内的なワーキングモデルが子供に内在化されるという議論を引き継いだものであった。
 このリオッティの研究を継承したのが、オガワ (19)らの大規模な前向性の研究である。この研究は高リスクの子供126人を19歳になるまで追跡調査した。すると混乱型愛着と養育者が情緒的に関われないことが、臨床レベルでの解離を起こす最も高い予測因子となっていたという。またそれに比してトラウマの因子はあまり貢献が見られないという結果も得られたという。
 解離性障害の形成される過程を愛着の視点から検討することは、これまでの明白な対人トラウマにより解離性障害が起きるという「常識」からは大きく外れることになるが、それは以下に筆者が提唱する関係性のストレスの問題とはむしろ近い関係にある。

2017年9月21日木曜日

第10章 トラウマと精神分析 (2)②

このような事情から解離性障害はPTSDとともに、トラウマ関連障害の代表的なものであると理解されている。しかしトラウマと解離性障害の発症との因果関係を示すことは、実は決して容易ではないという事情がある。PTSDの場合はトラウマの多くは成人期のある限定された機会に生じたもの、あるいは一回限りのもので、そのトラウマはPTSDの発症に先立つ3ヶ月以内に見られることが多い。またそのトラウマはそれを引き起こした出来事が実際に報告されていることも少なくない。たとえば19951月の阪神淡路大震災の後に多くの被害者がPTSDを発症したという事実が知られるが、その大震災そのものは世間では誰もが共有している客観的な事実である。ところがDIDの場合は、既に述べたようにその原因となるトラウマの多くは、幼少時にさかのぼることが多い。そのためにその事実関係や背景となる事情に客観的な裏付けを与えることはそれだけ困難となるのである。
解離とトラウマの関係が認識されなかった時期
病的な解離とトラウマの関係が本格的に注目されるようになったのは、比較的最近のことである。それまでは解離という概念そのものが一般に知られていなかった。解離という概念が19世紀末にジャネらにより用いられるまでは、それぞれの現象に異なる呼称が与えられていた。それらは夢中歩行、催眠、交霊会、憑依、話す文字盤等と呼ばれた。また深刻な解離現象としてはヒステリーとして一括されて扱われてきた。そしてそれらの現象とトラウマは別に結び付けられてはいなかったのである。ヒステリーに関してなどは、それが女性にのみ見られ、女性の性的な欲求が満たされないために子宮が遊走することが原因であるなどという妄言が支配的であった。
 18世紀にいわゆる「動物磁気animal magnetism」を考案したメスメルは、事実上催眠を通して解離現象を治療的に扱った最初の臨床家の一人と考えられている。その弟子のひとりであったM・ピュイセギュールは、いわゆる「受身的な発作passive crisis」において、人格の交代が起きることを発見した。そして同様の現象は、ヒステリーで生じやすいことを見出した(10)。
 その後の催眠の臨床的な応用の歴史については、以下のシャルコーに関する記述に譲るが、メスメルに始まる催眠療法の流れは現在まで連綿と続いている。しかしそこでは被催眠性とトラウマとの関係性は積極的に論じられない傾向にある。近年の催眠学界に大きな影響力を及ぼしたミルトン・エリクソンの著作にも、トラウマの問題はほとんど扱われていない(25)。また近年ヒルガードにより提出された「ネオディソシエーション」の理論(13)についても同様である。
 ヒルガードは催眠の際に、被験者に「これから痛み刺激を与えますが、それをあなたは感じません」という暗示を与えた。そして催眠状態において彼に痛み刺激を与えて、それを彼が感じていないということを確かめた。その後に被験者の中に「隠れた観察者」を呼び出すと、その観察者は痛みを感じていることを伝えた。ヒルガードはこのように人の意識には観察している部分が別に備わっており、それが分離して振舞うという様子を示したのである。
最近の「被催眠性の高い人々 The Highly Hypnotizable Person」という著作(12)は、現代において催眠の立場から解離現象をどのようにとらえるかを知る上で参考になる。高い被催眠性を有する人々には、解離性の病理を有する人が含まれる可能性が高いからだ。しかしそれを参照しても幼少時のトラウマと被催眠性を関連付ける記載は見出せない。それは催眠の研究者たちが、むしろ被催眠性を一つの能力として捉え、治療に積極的に用いるという傾向と関係しているであろう。その立場からは、解離傾向を幼少時のトラウマに起因するものという捉え方はなじまないことになる。本来催眠の立場からの解離の理解は、その由来ではなく、その現時点での意識の構造に向けられるものなのだ(9)。
解離とトラウマ:シャルコーの果たした役割

解離とトラウマに関する理解が進められた歴史の中で、ジャン=マルタン・シャルコーの果たした影響は極めて大きかった。彼はそれまで医学の俎上にすら載らなかったヒステリーが、トラウマや身体的な外傷を基盤にして生じるという点に注目をし、同時代人のフロイトやジャネに大きな影響を与えたのであった。
 シャルコーの影響下にあって催眠を学んだフロイトは、ウィーンに戻ってから催眠を用いてヒステリーの治療をおこない、ヒステリーの性的外傷説(性的誘惑説)を唱えた。1896年に発表した「ヒステリーの病因について」(11)で、フロイトは自らが扱った18例のヒステリー患者全員に、幼児期の性的な誘惑という形でのトラウマがあったと述べている。しかしその翌年には、この説を放棄し、その後精神分析理論を打ち立てることとなった。フロイトがやや唐突な形で行ったこの方向転換の経緯は、その後ジェフMマッソン(17)
によりややセンセーショナルに報告されたことで物議をかもしたことは知られる。
 
マッソンは、フロイトは実はヒステリーがトラウマにより生じるという考えを捨てたわけではなかったが、それにより精神分析が社会から受け入れられなくなることを恐れて取り下げた、と論じた。このマッソンの見解は賛否両論を呼んだが、そこで問題とされた性的なトラウマの記憶の信憑性をめぐる議論は、現在においても常に再燃する傾向にある。ちなみにこのフロイトの性的外傷説(性的誘惑説)については、筆者はそこに誘惑する子どもの側の加担を想定しているという点で、本当の意味での外傷説ではなかったと考える(21)。
 解離とトラウマとの関連性に関する議論を進めた点でやはりジャネの功績は非常に大きなものであった。ジャネは解離性の人格交代を示す患者に関する詳細な記録や観察を行い、現代でも通用する解離の理論を残した。彼は解離がトラウマと深い関係にあるとしながらも、フロイトのようにトラウマ記憶の回復を主たる治療手段とはしなかった。またフロイトに見られたような、性的外傷に全てを帰するという理論には批判的であったという(8)。トラウマと解離の関係について、ジャネは「トラウマ後のヒステリー」と「トラウマ後の精神衰弱」という分類をおこなっている。前者は記憶が解離しているのに対して、後者では記憶は意識下にあり、繰り返し強迫的に回想される傾向にあるという。またジャネは彼が解離の陽性症状(メンタルアクシデント)と呼ぶものについて特にトラウマに関係しているとし、またトラウマの強さと持続時間により、人格の断片化が増すと考えた(8)。しかしジャネが治療で目指したのは、フロイト試みたようなトラウマ記
憶への直接的な介入ではなく、あくまでも人格の統合を目指したものであった。

2017年9月20日水曜日

日本における対人ストレス 増補

昨日のをちょっと書き足してみた

日本社会は恥の文化と形容されたり、甘えの社会と称されたりする。これだけを見れば、一般的に人々は和を好み、平和主義的であり、争いごとを避ける傾向にあるように映る。著者も昨年の学会では、日本人の対人過敏性と非・表出性 non-expression をその文化の特徴としてあげた(201753日、台湾にて)。そこであまり強調しなかったのは、その日本社会において人は特異なストレスにさらされているということである。
個人的な体験を最初に述べておこう。私は17年間米国で精神科医として暮らし、10年以上前に記憶したが、いくつかの点で非常に驚いたことを覚えている。人々は職場に遅くまで残り、しかも有給休暇を誰もカウントしていなかった。アメリカでは有給休暇は使い切ることが常識だった。ちょうど期限切れが間近に迫ったクーポンを使うようなものである。それは個人の利益を考えればあまりに当たり前のことだった。しかし日本ではそんなことをする人は誰もいない。そんなことをしたら「周囲から白い目で見られる」のである。あるいは時間が来ても帰る人がいない、というよりそんなことをするとやはり変な目で見られる。家族の為に職場を休むことは自己中心的な行為とみなされる傾向にある。
この問題とカスタマーへのサービスとは表裏いったいであると私は思う。日本の企業も、店員も顧客にいかに心地よさを体験してもらうかを求めている。しかしそのために社員が疲弊するということにもつながる。よりよいサービス、よりよい商品を届けるためには、社員、店員の都合は二の次、という考え方がある。それに比べればアメリカの店は非常におおらかだ。店員同士がしゃべっていてカスタマーを放っておく、ということは常に起きていた気がする。もちろんそんな企業ばかりではない。米国の企業もカスタマーに奉仕するという精神が企業の成功を生む。スターバックスなどはそうであった、とある本に書いてあった。(Charles Duhigg (2014The Power of Habit: Why We Do What We Do in Life and BusinessRandom House Trade Paperbacks)でも大部分の企業ではそうならない。それは個人の都合や快適さが尊重されるからだ。日本に住んでいると自己犠牲が当たり前のようになってしまっていて、どうしてそんな毎日が送れるのだろうと疑問に思うことがある。
もう一つの原体験。これは第一の例とは見かけ上は関係がない。(あるいは本当にないかもしれない。)日本の子供は親からの過干渉に苦しむが、一つには黙ってその気持ちを汲み、知らないうちに親の支配におかれる。そしてその挙句に支配の事実を知り、親からの独立や解放を望むが、そこに試練が待っている。親が子供の意を読み取り、子供が親の意を読み取る。そこに繊細さや敏感さはあるのであろうが、同時にストレスフルな関係でもある。日本で非常に話題になることの多い「母親が重い」というテーマ。これは虐待でもネグレクトでもない別の種類の対人ストレスなのだ。米国の場合は親からのストレスを人はどのように逃れるのか? まず母親がそこまで子供に干渉しない。というのも彼女たちは自分たちの人生での楽しみを追及することの方に忙しいのである。また子供の方はパートナーを見つけて家を出てしまうことが多い。
いったいどうしてこのようなことがおきるのだろう?
甘えとの関連はどうだろうか? 日本では甘えあう関係が注目される。しかし甘えあう関係は互いをストレス下におく関係でもあるのだ。甘えの裏側には相互の支配の病理がある。対人関係における敏感さ、そして受身性。これは前年の発表において強調されたことなので、このことをキーワードにして進めてみよう。
ところでこれが依存の問題とどのように違うのか。依存の場合には、するもの、されるものという方向性が成立している。時にはそこには何らかの代償が発生するかもしれない。依存をする側はある種の見返りを相手に支払うかもしれない。ところが甘えの場合は、甘えさせる(甘やかす)側のニーズが考慮される。甘えるー甘えさせるは相互依存関係といえるだろう。しかもそれはノンバーバルなプロセスであり、契約は存在しない。そしてそのことが相互にとっての負担にもなるのだ。例として、ABに甘えるという状況を考えよう。ABに甘える際、Bがそれを受け入れることを前提とする。もしBにその用意がない場合、Bにとってはそれは負担となり、ストレスとなる。なぜならその甘えニーズを満たすことについては暗黙の強制力が働くからである。その強制力はおそらく日本社会における常識や周囲の目が大きな力を発揮するであろう。


2017年9月19日火曜日

日本におけるストレス

日本における対人ストレス ― 甘えの裏側の病理

日本社会は恥の文化と称されたり、甘えが許容される社会と理解されている。一般的に日々とは和を好み、争いごとを避ける傾向にある。私はこのような特徴を対人間の敏感さと受け身性という観点からかつて捉えたことがある。しかしそこであまり強調しなかったのは、その日本社会において人は特異なストレスにさらされているということである。
個人的な体験。帰国して驚いたことは、有給休暇を誰もカウントしていなかったこと。アメリカでは使い切ることが常識だが、日本ではそんなことをする人は誰もいない。あるいは時間が来ても帰る人がいない、というよりそんなことをすると変な目で見られる。一体どうしてだろう? もう一つの原体験。日本の子供は親からの過干渉に苦しむが、一つには黙ってその気持ちを汲み、知らないうちに親の支配におかれた挙句にその事実を知り、親からの独立や解放を望むが、そこに試練が待っている。親が子供の意を読み取り、子供が親の意を読み取る。そこに繊細さや敏感さはあるのであろうが、同時にストレスフルな関係でもある。日本で非常に話題になることの多い「母親が重い」というテーマ。これは虐待でもネグレクトでもない別の種類の対人ストレスなのだ。米国の場合は親からのストレスを人はどのように逃れるのか? まず母親がそこまで子供に干渉しない。というのも彼女たちは自分たちの人生での楽しみを追及することの方に忙しいのである。また子供の方はパートナーを見つけて家を出てしまうことが多い。

甘えとの関連はどうだろうか? 日本では甘えあう関係が注目される。しかし甘えあう関係は互いをストレス下におく関係でもあるのだ。甘えの裏側には相互の支配の病理がある。対人関係における敏感さ、そして受身性。これは前年の発表において強調されたことなので、このことをキーワードにして進めてみよう。

2017年9月18日月曜日

第10章 トラウマと精神分析(2) ①

はじめに
本章ではトラウマと解離との関係についてさらに論じる。特に最近の新しい動向、すなわち母子間の愛着の問題やストレスもまた解離の原因として注目されるようになっているという事情についても述べたい。
 心の傷としてのトラウマの概念への関心は、わが国でもここ20~30年の間に急速に高まってきた。そこにはアメリカの精神医学の診断基準であるDSM1980年度版(1)に登場した心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder, 以下PTSDと表記する)の概念が大きく影響しているであろう。さらには1995年に私たちを襲った阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件、そして昨年の東日本大震災が、私たちに心の傷の意味を考えさせる機会を与えたのである。
 解離性障害とトラウマについては、両者の深い関連性は精神医学的にはひとつの「常識」となっている。心に衝撃を受けた際の一過性の深刻な解離症状は、急性ストレス障害 Acute stress disorder (2)として知られ、さまざまな臨床研究がなされている。ショックを受けて一時的にボーッとなったり、今自分がどこにいるのか分からなかったり、まるで映画のワンシーンを見ている様な気がしたり、あるいはこれまでの人生で起きたことがパノラマのように目の前に現れたり、ということはみな解離の一種と考えられるわけだ。しかし繰り返される深刻な解離症状については、その原因ははるか昔の、幼少時にさかのぼることが多い。ここで深刻な解離症状とは、人格交代現象などを伴う、いわゆる多重人格、ないし最近では解離性同一性障害(dissociative identity disorder, 以下DID)と呼ばれる状態である(2)
   


2017年9月17日日曜日

第7.5章 対人恐怖の精神分析 ④

対人恐怖における謙虚さや謙譲の美徳という意義について

最後に対人恐怖における謙虚さや謙譲の美徳という側面についても触れておきたい。これまで述べたように、対人恐怖はDSM-III1980年)において社交恐怖という形で欧米の精神医学界において市民権を得る形となった。それ以来社交恐怖についての理解と治療を扱った出版物が英語圏でも非常に多くなっている。そこには一種のブームが生じているといっていいが、それらは一様に恥の感情や社交恐怖をなくすべきもの、克服すべきもの、という論調におおむね終始している。それは最近の米国に見られる「恥ずかしがりを克服しよう」という類のタイトルを冠した数多くの著作を目にしてつくづく感じることだ。
もちろんそのような風潮はある意味ではやむをえないことなのかもしれない。欧米社会において社交嫌いで引っ込み思案であることは、社会生活において極めて不利であることを意味する。それと同様に欧米人に控えめさ、謙虚さの意味を説くことにも限界がある。他方わが国には内沼の業績(内沼、1977)に見られるような、恥の持つ倫理的な側面や、それがいわば「滅びの美学」とでもいうべき謙譲の精神につながるとみる立場が存在する。そして対人恐怖症状を持つ人が同時に、他人を優先し、譲歩する傾向を持つことにも注目すべきであろう。
私は対人恐怖の根幹にある力動は、この人に譲りたいという気持ちと裏腹の自分を主張したい願望との葛藤、内沼(1977)が表現するところの 没我性と我執性の葛藤にあると思う。それは既に述べた図式(図1)における理想自己と恥ずべき自己の葛藤と結局は同義であることに気づかれよう。この没我性と我執性の葛藤という問題を全体として扱ってこそ力動的なアプローチと言える。
対人恐怖症状の深刻さはこの両自己像の隔たりに反映されていると説明したが、その隔たりが継続しているひとつの理由は、当人が特に恥ずべき自己の姿を極端に脱価値化するために直視できないことにある。彼らは手が震えたり言いよどんだり、赤面している自分は、それを見たら誰もが軽蔑したりあまりの悲惨さに言葉を失ったりするような姿であると感じている。それらの人々に欠けているのは、おそらく人前で緊張をしたり、パフォーマンスを前にしてしり込みをしたりするのは普通の人にもある程度はおきることであり、その姿を他人に見せたからといって二度と人前に出られなくなったり社会的な生命が奪われたりするわけではないということである。そしてそればかりではなく人前での緊張や引っ込み思案は、他人に自己主張や発言のチャンスを与えるという積極的な意味も担っているということを彼らが知ることは、両自己像の懸隔を近づける意味を持つと考える。
治療関係において恥ずべき自分に対する肯定的なまなざしを向けることを促進した例として、事例Bを掲げたので参照されたい。

事例 A
 (略)

事例 B
(略) 
Bさんと話していて強く感じたのは、アメリカという文化のせいか、彼の控えめな性格が誰からも何らポジティブな評価を与えられていないらしいということだった。彼程度の対人緊張は日本人のあいだでは珍しくないし、だからといってすぐにネガティブな評価を与えられるわけではない。「Bさんが日本の社会に生まれたら、そんなに苦労しなかっただろうに」などと口に出すことはなかったものの、私はしばしばそんなことを考えながら彼との対話を続けた。そしてそのような私の考えは間接的にはBさんに伝えられる結果となっていたと考えられる。
私がBさんの内面を聞き続けて思ったのは、おそらくどのような対人恐怖傾向を持った人にも、健全な自己顕示の欲求は当然ある、という当たり前のことだ。Bさんは治療関係が出来始めたころにこんな話をした。彼は小さいころから目立たず、特に運動も勉強も出来ない子供だったという。そして両親から十分な関心を払ってもらえたということが一度もなかった。そんな彼が小学生のころ、盲腸炎を起こして病院に運ばれるということがあったという。痛みに苦しんでふと見ると、ベッドの周りを医師や看護婦が囲んで自分を見下ろしていた。そのとき痛みに耐えながらも言いようのない心地よさを感じたという。自分の存在を皆が見守っているという感じ。でもその感覚を得るために、彼は普通でいることでは十分ではなく、急病になる必要があったのである。


今だったらどうだろうか?私はBさんともう少しざっくばらんに色々なことが話せたと思う。それで彼の社交恐怖がどれほど良くなったかはわからない。しかし彼に必要以上に居心地の悪さを体験させることは控えることが出来たのではないかと思う。